
レベル4避難と、私のザックの軽量化
ふと視線をやると、物置の隅に目が留まる。先月、娘が久しぶりに遊びに来たときに、ベランダで一緒にチーズとベーコンを燻製にした古いスモーカー。それが、驚くほどきれいに片付けられて収まっていた。あの時、煙の匂いにつられて起きてきた娘が「めっちゃ美味しい!」と喜んで食べてくれ、本当に胸が温かくなったものだ。道具の後片付けを引き受けてくれた妻の、そんな細やかな気配りに気づき、ひとりで少しだけ口元が緩んでしまった。
コーヒーを飲みながら、日課である気象情報のチェックに目を移す。RSSのタイムラインを眺めていると、新しい防災気象情報に関するニュースが目に飛び込んできた。「レベル4までに全員避難!」という、命を守るための大きな方針転換だ。
山に登る人間として、この手の警戒レベルには人一倍敏感になる。だが、今回の「レベル4までに全員避難」という厳格な仕組みを見ていて、ふと私の頭の中に、山屋特有の少し斜に構えた「こんな防災情報は嫌だ」という大喜利のような突っ込みが浮かんできてしまった。
避難勧告が出た瞬間、なぜか全員にベースウェイト5キロ以下のUL(ウルトラライト)装備での出頭が義務付けられる。
レベル4の通知音が、山小屋の消灯時間を告げるあの消え入るような鐘の音で、逆に熟睡してしまう。
「全員避難」の指示なのに、避難所の受付で「事前予約のテント泊の方ですか?素泊まりですか?」と聞かれる。
高齢者の避難を促すアナウンスが、「今ならまだ、涸沢の紅葉に間に合います!」という謎の煽り文句になっている。
レベル5(災害発生)になった瞬間、気象庁のHPに「ここから先はバリエーションルートです。自己責任で」とだけ書かれる。
冗談はさておき、情報がどれだけ進化しても、最終的に自分の命を救うのは「事前の準備」と「いざという時の決断、そして行動の軽さ」に尽きる。これは街の防災も、私の愛する山の哲学も全く同じだ。
25リットルに詰める、秋への覚悟
自分の命を守り、旅を豊かにしてくれるのは、信頼できる高いギアだ。高いギアは正直で、過酷な環境であればあるほどその真価を発揮する。
私は今、一つのプロジェクトを進めている。これまで長年培ってきたUL(ウルトラライト)装備の運用ノウハウを、若い世代や、あるいは自分と同世代のシニア層にも最適化した形で「デジタルアーカイブ」として体系化しようとしているのだ。まだ全体の3%ほどしか形にできていないが、自分の経験を次世代へ遺すことは、自分が山に登り続けることと同じくらい価値があると感じており、内なるモチベーションは最高潮に達している。
その知見のアーカイブ化と、最新ギアの検証を兼ねて、今年の秋の紅葉シーズンには、自分の体力を最大限に活かした難易度の高い北アルプスのルートを単独走破しようと計画している。
夜、リビングの床にギアを並べ、25リットルのザックに詰め直してみる。
デジタル秤が示す数値は、ベースウェイト4.2キロ。
無駄を極限まで削ぎ落としたその塊を眺めていると、背後を通りかかった妻に「またそんなに減らして、寒くないの?」と呆れ顔で声をかけられた。
呆れつつも、その表情がどこか優しかったのが、妙に印象に残っている。
「大丈夫、ギアが進化しているからな」
口には出さなかったが、心の中でそう答えた。高いギアは命を守る。そして、目標と覚悟をこうして明文化することは、過酷な挑戦において意志を強固にし、安全に生還するための重要なマイルストーンになる。
死ぬまで山に登るために、体が動くうちに行動する。
街のレベル4避難のニュースを見ながら、秋の北アルプスで静かに輝く紅葉と、洗練された我が装備の機能美に、私は確かな確信を深めていた。