スプレッドシートを開いて、しばらく眺めていた。ベースウェイト3.2kg。数字はきれいに並んでいる。

なのに、山の計画を立てようとしていなかった。

ベースウェイト3.2kg。リストは完成したが、山への足が重い理由

達成感はあった。確かにあった。

Zpacks Arc Blast(510g、約49,000円)、ヤマと道 MINI 2(490g)、キルト、テント、レインウェア——カテゴリ別に重量を並べ、合計したらベースウェイト3.2kgという数字が出た。「これは軽い」と思った。

でも次の日も、その次の日も、出発日を決めようとしていなかった。リストは完成しているのに、「さあ行くか」という感覚が出てこない。

これ、Gear Acquisition Syndrome(GAS)というらしい。ギアを揃えることが目的化して、実際に山を歩く頻度が著しく落ちる現象だ。ULコミュニティではよく知られた概念で、50代以上の新規ULハイカーに特に多い傾向があるとも言われている。

苦笑いした。完全にそれだった。

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余談だけど、昨日妻に「また山道具のリスト増えてる?」と聞かれた。増えてない、整理してるだけだと答えたら「同じことでしょ」と返ってきた。正直、何も言えなかった。

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「ただ軽いだけ」では、55歳の膝と指先は守れなかった

リストを見直してみると、各アイテムの選定理由の欄が薄い。

Zpacks Arc Blastを選んだ理由——「一番軽いから」。それだけだった。

少し調べると、ショルダーストラップ幅は28mmと細く、体型によっては肩への集中荷重が問題になるという話が出てくる。バックルが小さく、雨で濡れた手でもスムーズに操作できるか。55歳の指先で、疲労状態の夜に、本当に外せるか。そういうことをフィールドで一度も確かめていなかった。

キルトも同じだ。Enlightened Equipment Revelationキルト、スペックの快適温度は7℃。「秋の北アルプスもいけるかな」という理由で選んだ。

でも55歳以降は体温調節機能の低下により、同じ気温での体感が3〜5℃低くなるとされている。快適温度7℃のキルトでも、体感では実質2〜3℃対応品——30,000〜45,000円台の製品——が必要な場面が出てくる可能性がある。スペックシートには、そんな数字はどこにも書いていない。

Tarptent Notch Liも気になっていた。680gで軽い。でもシングルウォール構造は結露が内側に発生しやすく、日本の秋山では翌朝にシュラフが湿るという報告がある。リストを作った時点でそれを知っていたら、選択基準が変わっていたと思う。

ULの世界にこういう言い方があるらしい。

「実測重量とフィールドテスト結果のないリストはただのショッピングカートだ」

刺さった。私のリストは、まさにそれだった。

55歳からのUL選定は「削ぎ落とす」から「優先順位の組み替え」へ

「ULは軽い=安全」という考え方は、ある年齢までは正しい。荷物が軽ければ体への負担は減る。それ自体は事実だ。

でも55歳以降は、その前提が少し変わってくる。

筋力は40代と比べて年間1〜2%ずつ低下するとされている。ベースウェイト3kgであっても、10km・累積標高800mを超えると膝への体感負荷が20〜30%増すと言われている。軽量化の恩恵が、体力の低下によって相殺されていく距離感がある。

さらに低体温リスクが加わる。ベースウェイトを3kg以下に抑えたとしても、55歳以降は稜線での保温対策として追加レイヤーが必要になる場面が増える。結果として総重量はULと呼べないレベルまで増えることもある。

ヤマと道 MINI 2とGossamer Gear Mariposa 60を比べた時、私は190gの差だけを見ていた。でも本当に見るべきだったのは、「暗い時間に疲労した状態でも、スムーズにパッキングと展開ができるか」という操作性の問題だった。数字にならない基準が、55歳には重要だと今は思う。

今の私なりの叩き台として整理するとこうなる。

| カテゴリ | 軽量化の優先度 | 55歳の追加基準 |
|---|---|---|
| バックパック | 中 | バックル・ストラップの操作性(雨・疲労時) |
| シュラフ/キルト | 低 | 快適温度より3〜5℃厳しく選ぶ |
| テント | 中 | 結露リスク(シングルウォール要注意) |
| レインウェア | 高 | 軽くても袖口・フードの操作が容易か |
| フットウェア | 優先度外 | 膝負荷軽減を最優先 |

130g台の超軽量レインウェアは魅力的だ。でも袖口の操作が細かすぎて、雨中での調整が難しいという話もある。3シーズン用の薄いシュラフも、夜間の気温が読めない稜線では賭けになりうる。

「削ぎ落とす」のではなく、「年齢に応じて優先順位を組み替える」。それが55歳のUL選定の本質だと思っている。

リストを閉じて、フィールドへ。55歳の再出発

メーカーの公称重量と実測値が50〜80g異なる製品は珍しくない。Zpacks製品でも、実測とのズレがULコミュニティで報告されている例がある。つまりスプレッドシートの数字は、あくまで「仮の値」に過ぎない。

リストは完成品じゃない。フィールドに出るたびに書き直すものだ。

そう気づいてから、少し肩が軽くなった気がした。完璧なリストを作ってから山へ行くのではなく、仮のリストを持って歩き、帰ってきてリストを更新する。その繰り返しが、長く山と付き合い続けるための道筋だと思う。

15年後の自分を想像する。70歳になった時、今より筋力は落ち、体温調節はさらに難しくなっているはずだ。でも逆に言えば、今から「年齢に応じた基準」を持つ習慣をつけておけば、その時も適切な装備を選び続けられる。今やっているアーカイブ化の意味は、そこにあると思っている。

スペックシートの数字ではなく、その先の稜線を見る。

次の山行は、この仮のリストを背負って歩くことだ。何が合わなかったか、何が足りなかったか——それを書き留めることが、本当の意味での装備整理の始まりになる。フィールドテストの結果が一件でも増えれば、リストはようやく生きた道具になる。

このリストが、来年の秋にどう変わっているか。それが今は一番気になっている。

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