
耳に届くのは、近くの小さな食堂から漏れてくるラジオの音。古い演歌に混じって、ふとニュースが流れてきた。「新型コロナの休校中に、中学生の子供が1日10時間もスマホを使って親と衝突した」という話。最近、SNSで見かけた記事にもあったけれど、こんな旅先で聞くと、なんだか胸に迫るものがあった。
爪を立ててボリュームを絞った抵抗
1日10時間、液晶の海でおぼれる現代の子供たち。その話を聞いて、私が思い出したのは、かつての自分とラジカセの記憶だった。
まだ小さかった頃、お気に入りのラジオ番組の音楽を録音するのに夢中だった。赤い録音ボタンを押す時の、あの緊張感。エアチェック(死語かな?)に失敗しないよう、息を殺してラジオの前に座り、音が割れないように、マイクの距離やボリュームのツマミを指先でミリ単位で調整したものだ。少しでも音量を上げすぎると、すぐに「バリバリッ」と不快なノイズが入る。母には「壊れたらもう買わないよ!」と、何度か遠い日に叱られた記憶もある。
歪んだ音のなかに温度を聴いた
完璧な音源なんて、あの頃の私には手の届かない贅沢だった。だからこそ、限られたテープの分数と、カセットデッキの性能の中で、どうにかして「本当に聴きたい音」をクリアにしようと工夫した。あえて少しだけ音量を下げて録音する。そうすることで、ピークが抑えられて、全体のバランスが少しだけマシになることを、経験で知っていた。
今思えば、その歪んだ音の隙間には、当時の私の部屋の空気や、窓から聞こえる生活音が染み込んでいた。ストリーミングで完璧に整った現代の音源にはない、不便ゆえの愛おしさ。目の前のおかずの匂いや、風の音、そういう五感で味わう時間の尊さを、私はあの頃の不便な体験を通して、無意識に学んでいたのかもしれない。
ポケットの熱を逃がして夜を歩く
スマホの通知に追われ、他人のタイムラインを眺めては心が擦り切れる。便利なはずのデジタルに、私たちはあまりにも多くの時間を奪われているのかもしれない。
旅の途中、私はそっとスマートフォンの電源を切った。ポケットの中で、熱を帯びていたデバイスが、ゆっくりと冷たくなっていく感覚。液晶の光ではなく、月明かりが未舗装の道を照らす。夜の虫の声と、遠くを走る電車の音が、ひっそりと耳に届く。
私はただ、目の前の夜を歩く。五感で世界を感じる「生きた時間」を、もう一度自分の人生に取り戻したい。きっと、この旅の先で、忘れかけていた大切なものに出会える気がする。
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