ガーミン低スコア、深い眠りの真実
午前五時の鴨川は、まだ深い霧に包まれていました。吐く息が白く、肌を刺すような冷たい空気が肺の奥まで染み渡ります。この清冽な空気こそ、私にとっての最高のスタート合図。今日も一日を走り抜けるぞ、と気合を入れたその時、手首のガーミンが、冷たい光で私を現実に引き戻しました。

液晶画面が告げる「睡眠スコア:62」。そして、その内訳にある 「深い眠り:15分」 という数字に、私は思わず息を呑みました。まだ走り出す前なのに、その数値を見た途端、急に足取りが重く感じられるような気がしてくるのです。

走れど届かぬグラフの底

低い睡眠スコアを改善しようと、私は必死でした。枕の高さを変え、カフェインを断ち、寝る前の読書を日課にするなど、あらゆる「スコア獲得」のための就寝儀式を試しました。夜が来るたび、デバイスの緑色のセンサー光が、まるで自分を監視する目のように思えてきます。

しかし、どれだけ工夫を凝らしても、ガーミンのグラフに表示される 「徐波睡眠(深い眠り)」の棒グラフは、一向に伸びてくれません。 数値に一喜一憂する日々は、いつしか私から走ることの純粋な喜びを奪い去り、「自分は疲れている」「身体が回復していない」という、根拠のない思い込みを植え付けていきました。体感では調子が良い日も、低いスコアを見れば「気のせいだ」と自己否定してしまう。デジタルが私の健やかさを定義するようになったことに、私は深い違和感を覚えるようになっていたのです。

足の裏で路面を測るということ

そんなある日、私はあえて時計に袖を被せ、ペースもスコアも見ずに鴨川の河川敷を走り始めました。四条大橋を渡る時の風、自分の心肺が刻む正確なリズム、そして大地を蹴る足の裏の確かな感覚。それらすべてに意識を集中させると、今まで感じたことのないような、身体の内側から湧き上がる確信が私を包み込みました。

「私はこんなにも走れている」。

時計の画面が示す冷たい数字ではなく、自分の生身の身体が教えてくれる感覚こそが真実だと、その時、私ははっきりと理解したのです。この日、私はかつてないほどの快走を見せ、数字の呪縛から解放された野生のランナーとしての幸福を全身で味わいました。スマートウォッチは、私の身体が発する微細な信号を捉えようと努力しているのかもしれません。しかし、その解釈はあくまで推測であり、私の足裏が感じる大地の感触や、心臓の鼓動が教えてくれる生の感覚には及ばないのだと。

今夜も、不器用な相棒と暗闇の静寂へ

今、枕元で小さく光るガーミンを見つめる私の眼差しには、以前のような焦りや苛立ちはありません。そこにあるのは、どこか愛おしさを交えた、静かな信頼です。このデバイスは、私の睡眠を完璧に測ることはできないのかもしれない。しかし、それでも私の日々の活動を記録し、そっと寄り添ってくれる、 少し不器用な同伴者 だと思うようになりました。

明日の朝も、私は鴨川の朝霧の中を走るでしょう。サブ4やサブ3、その先にある景色を目指して、自分の身体を信じて、ただ静かに目を閉じます。京都の夜の静寂が、ランナーの身体を優しく包み込み、深い眠りへと誘ってくれることを願って。

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