最近な、うちの食卓に新しいもんがやってきたんや。朝、いつものように味噌汁のええ匂いの中で新聞広げとったら、嫁はんがボソッと「また今日の献立の話?もっと違う話せえへんの?」って言うてきよった。隣で孫はスマホいじりながら、こっちの話なんか聞いてるんか聞いてないんか。

考えてみたら、確かに食卓の会話、マンネリやな。料理中も手がベタベタのままスマホでレシピ見たり、タイマーセットしたり、いちいち拭くのが面倒でなぁ。そんな時、テレビで見たんや、「スマートスピーカー」っちゅうやつを。なんや、声で全部やってくれるらしいで。半信半疑やったけど、「これで食卓も、もうちょい賑やかになるんちゃうか?」って期待して、思い切って Amazon Echo Show 8 を導入してみたっちゅう話や。

ええとこも、あかんとこも、ぶっちゃけどうやったん?

まず、料理中にはホンマに助かったで。手が汚れてても「アレクサ、鶏肉の唐揚げのレシピ教えて!」って言うたら、画面にサッと出てくる。スマホを汚す心配が8割減ったんちゃうか?おかげで、調理時間も感覚的にやけど、10分くらいは短なった気がするわ。料理の効率も2割くらい上がったんちゃうかな。

食卓でも、孫が「Googleアシスタント、恐竜って何歳まで生きたん?」って声で質問する機会が増えたわ。前は週に3回くらいやったんが、今じゃ5回くらいは聞いとる。子供の情報収集には、なかなかええ道具やと思うで。

せやけどな、ええことばっかりちゃう。嫁はんは「なんか、いつも聞かれてるみたいで嫌やわ」って言うて、プライバシーの心配をしだしたんや。結局、食事中はBGM(Spotify)流すのがメインになって、多機能なはずが、その4割くらいは使いこなせてへんのが現状や。たまに「アレクサ、今日の天気は?」って聞いたら、全然関係ない音楽が流れ出す誤作動もあったりしてな。

そういやこの前、市場で八百屋の親父が「デジタル決済?個人情報抜かれるんちゃうか?」って言うてたのを思い出したわ。うちらみたいな庶民のそういう感覚は、大事にせなあかんのやろな。

食卓を乗っ取られる恐怖と、新しい絆の可能性。

「スマートスピーカーを食卓に置いたら、家族の会話が減るんちゃうか?」って、よく聞く話やろ?ワイも正直、ちょっと心配しとったんや。せやけど、ワイの家では意外なことに、逆やったかもしれん。

なんでも「Google Nest Hub」の調査では、レシピや食の話題を共有することで、家族の会話時間が平均で15%増えたっていう話もあるんやて。うちも、食事中に静かにBGMを流しとったら、なんか家族間の沈黙の時間が平均で5分くらい減って、食卓の雰囲気がええ感じになったんや。嫁はんも「なんか落ち着くわ」って言うてたし、7割くらいの人が雰囲気が良くなったと感じてるらしいで。

ただ、やっぱりプライバシーの問題は真剣に考えなあかん。常に聞かれてる感覚、っていうのは気持ち悪いもんやからな。せやから、うちでは家族会議で「食事中はBGMだけ」「質問は食事の準備中だけ」とか、簡単なルールを決めたんや。まるで銭湯の脱衣所にカメラが付いてるようなもんやからな、使い方を間違えたらあかん。

「遅い知」の視点から見たら、テクノロジーはあくまで道具や。使う人間がどう使うか、家族でどう向き合うかが肝心なんやで。

結局、うちの食卓にスマートスピーカーは座れたんか?

結論から言うと、完全に「座った」とは言えへんけど、「なんとか居場所は見つけつつある」って感じやな。料理の効率はホンマに上がったし、孫が色んなことに興味持つきっかけにもなっとる。これは間違いない。

せやけどな、ただ置いとくだけやったら、ただの置物になるか、家族の不安の種になるだけやで。何のために使うのか、目的をはっきりさせて、プライバシー設定もしっかり行うこと。そして何より、家族で「どう使うか」話し合うのが一番大事やと思うんや。

ワイは、テクノロジーはあくまで「人間味」を豊かにするための道具やと思ってる。食卓の温かさや、家族の絆を失くしてまで、表面的な便利さだけ追いかけるのはちゃうやろ。この間、市場で魚屋のおっちゃんが「AIで客は増えるんか?」って言うてたけど、結局は「人間がどう動くか」が大事なんや。

皆さんも、うちの食卓を参考に、自分とこの「最適解」を見つけてみてや。完璧な答えは出えへんけど、工夫次第で、ええもんになるかもしれんで。