
駅のトイレの曇った鏡、そこにいたのは「置いていかれた女」だった
駅のトイレの洗面台は、いつもより冷たく感じました。今日は久しぶりのパートの面接。この歳でまた働くなんて、正直不安しかないのに。マスクを取って、鏡に顔を向けた瞬間、心臓がドキンと鳴りました。
そこにいたのは、マスク生活で完全に油断しきっていた私。口元は下がり、顎の下にはたるみが二重にあって、正直、鏡から目をそらしたくなりました。夫の不倫が発覚して以来、まともに自分の顔なんて見ていなかった。ただただ、下を向いて、心の中で泣いているばかりだったから。
この顔で、今から面接を受けるなんて。ブランクへの恐怖と、この老け顔が重なって、一気に自信を失っていくのがわかりました。まるで、時代に取り残され、置いていかれた女のようでした。
指先に力を込める。このたるみは、下を向いていた時間の長さだ
このままでは、きっと面接で何も話せない。いや、話す気力さえ失ってしまう。焦りが全身を駆け巡ります。こんな時、何かできることはないだろうか。面接室に入るまで、あと数分しかない。
すがるように、指先を耳の後ろに当てました。耳の付け根から顎にかけてのラインを、少し力を込めてゴリゴリとほぐします。痛い。鈍い痛みが走るたびに、ああ、こんなにも自分を労ってこなかったんだ、と反省するような気持ちになります。そのまま首筋、胸鎖乳突筋と呼ばれる部分を、上から下へとゆっくりと流すようにマッサージしました。
個室にこもって、誰にもバレずにできること。口を大きく開けて「あー」「いー」「うー」と、顔全体の筋肉を動かしました。特に口輪筋を意識して、口をすぼめたり、横に広げたり。口の中全体を使って舌を回す「お口全体のストレッチ」も、必死で実践しました。じんわりと血が巡るような感覚。少しずつ、顔が温かくなっていくように感じました。
顎を上げて、私は私の人生に背筋を伸ばす
数分後、もう一度鏡を見ました。まだ完全にたるみが消えたわけではありません。でも、少しだけ、本当に少しだけですが、顎のラインがすっきりしたように 見える 気がしました。
それ以上に、驚いたのは、私の表情でした。マッサージで血行が良くなったせいか、顔色が少し明るくなっている。そして、何よりも、 姿勢 を正した瞬間でした。背筋を伸ばし、首をまっすぐに。顎をほんの少しだけ上げるように意識すると、鏡の中の私の顎ラインが、さっきよりずっとシャープに変わったように感じられました。
「下を向くのはもう終わりだ」。
心の中でそう呟いていました。このたるみは、私が下を向き続けていた時間の証拠。ならば、自分の手で引き上げて、この姿勢で、これからの人生に背筋を伸ばして生きていこう。引き締まった口元で作った、何年ぶりかの確かな笑顔。私は、面接室のドアに手をかけました。まだ戦える。そう、自分に言い聞かせながら。
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