朝、洗面台の鏡に映る自分を見て、ため息をつくことが増えました。目の下のクマ、ほうれい線、そして何より、どこか諦めたような、疲れた顔。50代になって、会社ではそれなりの役職につき、家では夫の健一と、もう独立した子供たちの陽子と太郎の生活を見守る日々です。でも、ふと「私って、こんなものなのかな」と思う瞬間があるのです。

若い頃は、もっとキラキラしていたはず。新しい服を着るたびに心が躍り、メイクをするのも楽しかった。でも今は、着心地のいい服を選び、メイクも手早く済ませるのが当たり前。健一は何も言いませんが、きっと私を「妻」であり「母」としてしか見ていないのでしょう。いや、それは私が自分をそう見せているだけなのかもしれません。

最近、ベランダの鉢植えのハーブが元気がないんです。水やりもしているし、日当たりも悪くないはずなのに、なんだか前みたいに生き生きしない。まるで、今の私を見ているようで、少し切なくなりました。

鏡に映る、知らない私

そんなある日、ネットでたまたまプロのポートレート撮影の広告が目に留まりました。30代の頃なら、きっと興味も持たなかったでしょう。でも、今の私には、その「プロ」という言葉が、まるで救いの手のように思えたのです。

「今の私を、誰か、別の視点から見てくれないだろうか」

漠然とした焦りのようなものが、ずっと胸の奥に燻っていました。このまま歳を重ねていくだけでは、本当に「私」という存在が薄れていってしまう気がして。でも、一方で「私なんかが今さら…」という気持ちも強くありました。

たった3万円で、私が変わる?

プロのポートレート撮影、調べてみると平均で3万5千円くらいかかるようです。正直、私にとっては大きな出費です。健一に相談したら、きっと「何考えてるんだ」と呆れられるに違いありません。このお金があれば、もっと他に使うべきものがあるだろう、と。

これまでの人生で、私は写真を撮られるのが苦手でした。いつも同じような、ぎこちない笑顔になってしまう。家族写真でも、会社の集合写真でも、なぜかいつも顔が引きつってしまうのです。「私、写真写りが悪いから」それが長年のコンプレックスでした。だから、プロに頼んだところで、結局はいつもの私にしかならないのではないか、という不安が拭えませんでした。

でも、心のどこかで「このモヤモヤした毎日を変えたい」という切実な願いがありました。この3万5千円が、ただの贅沢ではなく、失いかけた自分を取り戻すための「最後の賭け」なのかもしれない。そう思ったら、もう止まりませんでした。私は内緒で、インターネットで「Studio Lumiere」という名前のスタジオを見つけ、予約を入れたのです。この計画は、私だけの、誰にも言えない秘密の投資でした。

佐藤梓さんの魔法と、剥がれ落ちた仮面

撮影当日、Studio Lumiereの扉を開ける前は、心臓がバクバクしていました。担当してくれるフォトグラファーは佐藤梓さん。どんな方だろう、うまく笑えるだろうか、と緊張で体が固まっていました。

佐藤さんは、とても優しい笑顔で迎えてくれました。撮影が始まる前に、30分以上も時間をかけて丁寧にヒアリングをしてくれたのです。「どんな自分になりたいですか?」「どんな写真が欲しいですか?」「何かコンプレックスに感じている部分はありますか?」私の話にじっと耳を傾け、一つ一つ丁寧にメモを取ってくれました。その時間が、私の緊張を少しずつ解きほぐしてくれたように思います。

いざ撮影が始まると、最初はやはり体が固まってしまいました。「ポーズの取り方が分からないんです」と正直に伝えると、佐藤さんは「大丈夫ですよ。自然なままで」と、巧みな声かけと誘導で、私の心を解き放ってくれました。「肩の力、抜いてみましょうか」「もっと自然に、目線をそらしてもいいですよ」。

気づけば、私はいつもの自分ではない表情をしていることに驚きました。鏡に映る自分は、どこか自信に満ちていて、生き生きとしている。これまでコンプレックスだと思っていた目の下のクマや、深く刻まれたほうれい線も、佐藤さんの光の当て方や構図の魔法で、むしろ私の個性として魅力的に映っているように感じられたのです。「あれ?私、まだいけるかも」そんな小さな自信が、心の奥からじわりと湧き上がってくるのを感じました。

私、まだ『女』だったんだ。

撮影された写真を見た瞬間、私は思わず息をのみました。そこに写っていたのは、紛れもなく私なのに、これまで見たことのない、とても魅力的な「私」だったからです。込み上げてくる感情を抑えきれず、目頭が熱くなりました。

写真の中の私は、かつての輝いていた自分を思い出させると同時に、これからなりたい自分を鮮やかに映し出していました。「自分を好きになれない」と感じていた過去の私が、この写真一枚で「自分を好きになれた」と心から思えたのです。

この写真は、誰にも見せずに、私だけの秘密の宝物にしようと思っています。でも、この体験は、私の日常に確実に変化をもたらしました。朝、鏡を見るたびに、少しだけ口角を上げてみたり、新しいリップを試してみたり。会社での立ち振る舞いも、どこか自信を持って振る舞えるようになった気がします。

夫の健一や子供たちとの関係性にも、もしかしたら、わずかながらも良い影響があるのかもしれません。私自身が前向きになれたことで、きっと周りへの接し方も変わっていくはずです。

人生の後半戦に差し掛かり、親の介護や自分の老後のことなど、頭を悩ませることは尽きません。でも、どんな状況でも、自分を大切にする時間を持つこと、そして「私」という一人の人間としての輝きを忘れないこと。それが、これからの私にとって、とても大切なことだと気づかされました。

もし、あなたも今の自分に少しだけモヤモヤを感じているとしたら、あなたならどう思いますか? たった一枚の写真が、人生の視点を変えるきっかけになるかもしれませんよ。