最近、ふとネットニュースで「自分だけのポートレート撮影」という記事を見かけたんです。介護と仕事、そして家事に追われる毎日の中で、鏡に映る自分を見てはため息をつくばかりだった私には、それはまるで遠い国の話のように感じられました。

朝、支度をする時に鏡を見るたび、そこにいるのは「中村あかね」というより、「夫の妻」で「子供たちの母」、そして「親の介護者」としての私。なんだか、自分自身の輪郭がぼやけて、形のないものになっていくような気がしていました。

娘が独立して家を出てから、夫との会話も本当に少なくなりました。週末も、どちらかの親の病院に付き添ったり、実家の片付けを手伝ったり。自分のために使える時間なんて、ほとんどありません。

「まさか私が?」密かな憧れと罪悪感

そんな日常の中で、SNSで偶然目にしたポートレート写真に、私は釘付けになりました。そこには、年齢を重ねてもなお、自信に満ちた表情でカメラを見つめる女性がいました。彼女たちの写真を見ていると、「私にも、こんな風に輝ける瞬間があるのかな」と、淡い憧れが胸の奥でチクリと疼くのです。

でも、すぐに「何を言っているの、今さら」と自分を戒める声が聞こえてきます。この歳で、しかも介護で疲れ切っている私が、そんなことにお金や時間を使うなんて、贅沢すぎるんじゃないか。夫や子供たちに知られたら、きっと呆れられるに違いない。そんな罪悪感が、憧れの気持ちに蓋をしようとします。

それでも、心のどこかで「もう一度、自分だけの私を見つけたい」という気持ちが消えませんでした。まるで、日常の退屈の中に埋もれてしまった本当の自分を、もう一度掘り起こしたいと願っているかのように。

5万円の密約、スマホ片手に探る逃避計画

そんなある日、思い切ってスマホで「ポートレート撮影 50代」と検索してみたんです。どうせ高額で手が出ないだろうと諦めていたのですが、意外な発見がありました。プロのカメラマンに頼むと数十万円かかるというイメージがあったのですが、SNSで活動しているフリーランスのカメラマンさんなら、1時間1万円から2万円くらいで依頼できると知って驚きました。大手スタジオの半額以下で、しかもクオリティも高い写真が撮れるケースが4割くらいあるという話も目にして、俄然、現実味を帯びてきたんです。

もちろん、セルフ撮影なら機材費込みで3万円から始められるプランもあるとか。予算を5万円くらいに抑えるなら、プロに少しだけお願いするか、思い切って自分で撮ってみるか。色々な選択肢があることに、なんだかワクワクしました。

撮影場所も、自宅の一角をちょっと飾り付けすれば、費用はほとんどかからないし、レンタルスタジオも1時間3,000円くらいから借りられる所があるようです。「ココナラ」というサービスで探せば、ロケーションフォトも1回1万5千円くらいで依頼できると知って、選択肢の多さにまた驚きました。

余談ですが、先日スーパーで特売の卵を巡って、おばあちゃんたちがちょっとした小競り合いをしていて。私も負けじと手を伸ばしたのですが、結局一つも買えずに終わってしまって。ああいう時って、人生の縮図みたいだなって思います。小さな欲求も、なかなか手に入らないものですよね。

誰にも言えない、私だけの準備

漠然とした憧れが、少しずつ具体的な計画に変わっていく。誰にも言えない、私だけの秘密の計画です。まずは、どんな自分を撮りたいのか、テーマを考えてみました。これがなかなか難しい。30分くらい悩んで、結局「飾らない、ありのままの私」というベタな結論に落ち着きました。

次に衣装選びです。手持ちの服を引っ張り出しては試着し、鏡の前でポーズをとってみるのですが、これがまた大変。結局、2時間くらいかけて、昔着ていたワンピースと、新しく買ったばかりの真っ赤なリップに合う白いブラウスを選びました。

メイクやヘアスタイルも、事前に練習しておいた方が良いと書いてあったので、週末にこっそり試してみようと思います。1週間くらいかけて、一番しっくりくる自分を見つけられたらいいな。棒立ちでぎこちない写真にならないように、どんなポーズがいいか、いくつか特に重視したいショットを3つか4つ、スマホのメモに書き出しました。

この計画を立てている間、まるで昔の自分に戻ったような気持ちになりました。誰かのためではなく、自分のためだけに時間を使う。この歳になって、こんなに心が躍るなんて思いませんでした。まだ撮影は始まっていませんが、この準備期間だけでも、私の中の何かが少しずつ動き出しているのを感じます。

明日から、また介護や仕事の日常が待っています。でも、心の中には、誰にも言えない私だけの「逃避計画」があります。それがあるだけで、少しだけ、いや、きっと大きく、私の毎日は変わっていくはずです。まずは、新しい真っ赤なリップを塗って、鏡の中の私に、そっと微笑みかけてみようと思います。