
どれを見ても、「これが私だ」と胸を張って言えるような服は、一枚もありませんでした。年間で5万円くらいは洋服代に使っているはずなのに、いつも同じような服を買って、結局「誰かの妻」や「誰かの母」という役割のための服ばかりが増えていく。鏡に映る自分は、まるで透明人間になったかのようでした。
# クローゼットの中の「透明な私」
最近、週に一度、カフェで自分だけの時間を過ごし、日記をつけています。誰の妻でも母でもない「中村あかね」を再発見するプロジェクトと名付けているのですが、正直なところ、書く内容もマンネリ化してきて、少し停滞気味でした。その原因の一つが、日々の生活の中で「私」という個性を表現する機会があまりにも少ないことにあるのかもしれません。
そんな時、ふと、ずっと気になっていた着物店のことを思い出しました。銀座にある「志ま亀」さん。大阪に住む私には縁遠い場所ですが、雑誌でその名前を目にするたび、いつか行ってみたいという憧れだけは募っていました。
# 銀座の結界、33万円の恐怖
正直なところ、老舗の高級着物店に一人で足を踏み入れるのは、とてつもない恐怖 でした。強引な勧誘に遭って、数十万円のローンを組まされるのではないか。そんな警戒心が先に立ち、なかなか一歩が踏み出せずにいたのです。そもそも、自分のためだけにそんな大金を使うことへの、理由のない罪悪感も拭えませんでした。
でも、このままでは「私」を見失ってしまう。そんな焦りにも似た感情が私を突き動かしました。調べてみると、銀座の主要な着物店では、1回60分の無料パーソナルスタイリング診断を事前予約制で導入しているところが多いと知りました。これなら、買う買わないは別として、一度「自分に似合う着物」というものを体験できるかもしれない。
余談ですが、最近うちの子供が、なぜか「おばけなんてないさ」を妙に演歌調に歌うんです。それが頭から離れなくて、ちょっと困っています。そんな他愛のない日常の音も、私の心を少しだけ軽くしてくれました。
# 鏡の中にいた「見知らぬ美女」
予約を取り、少し緊張しながらお店の扉を開けました。案内された個室で、熟練の呉服商の方が、私の肌の色や雰囲気を見て、何枚かの着物を選んでくださいました。その中の一枚、33万円の京友禅の正絹訪問着 を試着した瞬間のことは、一生忘れません。
鏡に映ったのは、紛れもなく私なのに、まるで別人でした。顔色全体がパーッと明るくなり、肌の輝きが平均で35%以上もトーンアップしたように感じたのです。洋服では隠しきれなかった体型の悩みも、不思議と目立たなくなり、骨格ストレートだとかウェーブだとか関係なく、ただただ美しいシルエットがそこにはありました。絹100%の正絹が持つ、しなやかな光沢と、職人さんの手仕事が光る繊細な柄が、私を包み込んでくれるようでした。
それは、「妻」でも「母」でもない、純粋な「女」としての私。忘れかけていた、奥底に眠っていた「私」の欲望が、鏡の中で鮮やかに蘇る瞬間でした。
# 誰の予定でもない日を生きるために
着物といえば、冠婚葬祭や子供の七五三、入学式といった「誰かのための行事」で着るものだという通説があります。でも、あの時、私が感じたのは、そんな世間の常識とは全く違う、「自分のためだけに纏う」ことの圧倒的な精神的充足感 でした。
年間5万円を細かくプチプラ服に消費するよりも、3年に一度、30万円を「自分のためだけの1着」に投資する方が、自己肯定感を維持する脳内セロトニンの分泌と長期的な満足度が1.8倍高まる、という話もあるそうです。それは、まさに私が体験したことと重なりました。
私は、あの着物を買いました。誰かの行事のためではなく、誰の予定でもない日に、ただ「私が着たい」と思った時に纏うために。自分の人生の主権を取り戻すための、小さくて、でも確かな一歩です。
あなたなら、この「自分のためだけの贅沢」について、どう思われますか?