OBSERVATION
2026-06-29

異常気象に賭けることの「真の代償」とは?

山と向き合うことの本当のコスト

朝、庭の植木鉢に水をやってたら、ふと昔のザックを整理したくなってな。埃を被ったギアを眺めてたら、ふと考えさせられる話に出くわしたんや。

「異常気象を賭けの対象にする」なんて記事を見たんやけど、世の中どうなっていくんやろな。天気を予測して利益を上げようとする仕組みの話やけど、自然を相手に金勘定するなんて、山登りしてる身としては少し複雑な気分になるで。

山の厳しさに値段はつけられへん

昔、40代の頃は何も考えずに丹沢の大倉尾根を駆け上がってたもんやけど、55歳になった今は違う。膝の笑いもそうやし、急な雷雨への対応とか、自然の「本当のコスト」を体で知るようになった気がするんや。

もし100年後の未来、山が荒れて、人がそこを歩くことに莫大な「リスク負担金」みたいなもんが必要になったら……そう想像するとゾッとするわ。結局、自然はコントロールできるものやない。それを予測して賭けに使うなんて、自然に対する敬意が欠けてる気がしてならへんのよ。

余談やけど、最近近所のスーパーで買った大ぶりのタマネギが、切っても切っても涙が止まらんくらい強烈でな。今日の晩飯はこれを使ってカレーにする予定や。こういう日常の些細なことにこそ、本当の豊かさが詰まってる気がするんやで。

50代からの装備と賢い選択

山の道具もそうやけど、高価なギアを揃えるだけが正解やない。大切なのは、自分の今の体力と環境に合わせてギアを使いこなすことや。最近進めているUL装備のデジタルアーカイブ化も、結局は次世代に「山の歩き方」を正しく伝えたいという欲求からきてるんや。

過度な予測に頼るより、今の天気を肌で感じて「今日は引き返すべきやな」と潔く決断する。その判断力こそが、死ぬまで山に登り続けるための、一番コストのかからない最強の装備なんやろうな。

山はただそこにあるだけ

結局、山を歩くってことは、損得勘定から離れる贅沢な時間なんやと思う。どれだけ時代が進んでも、頂上で飲む水の味や、下山後に食べる冷たいコーラ、あの瞬間の幸福感は誰にも売り買いできへん。

AIがどれだけ発達して正確な気象予測を出そうとも、最後の一歩を踏み出すのは自分自身や。便利さを追い求めるのも大事やけど、たまにはそんな計算を放り出して、風の匂いだけを頼りに歩いてみるのもええもんやで。

来週の天気予報を見ながら、次の休みはどこで膝をいじめ抜いてやろうかと考え中や。まずは週末、近場の低山で新しい軽量ギアの使い心地を確かめてみるつもり。小さな一歩を積み重ねて、また山で新しい発見をしてくるわ。

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