カセットのゴム紐を換える夜
夜の山の空気は、街のそれとはまるで違う。湿り気を帯びた闇が、肌にひんやりとまとわりつく。そんな静寂の中で、私は古いカセットデッキの修理を始めた。

指先を汚す、真夜中の静寂

手のひらに収まるスマートフォンの液晶を伏せた。画面から放たれる青白い光が消えると、部屋の闇は一層濃くなり、五感が研ぎ澄まされていくのがわかる。机の上には、埃をかぶったカセットデッキが横たわっていた。

裏蓋を慎重に開けると、内部から微かに機械油の匂いがした。そして、目的の劣化した 黒いゴム紐 が、ドロリと溶けたように絡まっている。こんな小さな部品一つで、時間が止まってしまうのだから、機械というのは面白い。ピンセットを手に取り、細かな作業に没頭する。この不便さが、なぜだか心地いい。

ノイズの隙間から滑り落ちた、1991年の命日

作業のBGMにと、隣に置いた古いAMラジオのスイッチを入れた。ザー、というノイズの向こうから、アナウンサーの低い声が聞こえてくる。ちょうど、最近見かけた共同通信の記事にもあった、ある人物の命日の話だった。

「1991年6月10日に82歳で逝った、歌手のディック・ミネさん…」

耳慣れない彼の名前に、思わず手を止める。立教大学在学中から音楽に熱中し、1934年には「ダイナ」という曲が大ヒットしたという。ラジオから流れるノイズの合間に、遠い昔のロマンが垣間見えた気がした。遠い時代を生きた人の情熱が、こんな夜更けに、まさかラジオのノイズの中から滑り落ちてくるとは。

人生の並木路を、ゆっくりと回る磁気テープ

新しいゴム紐への交換が終わり、いよいよ動作確認の時。古いカセットテープをセットし、再生ボタンを押す。カチリ、という頼りない音と共に、テープがゆっくりと回転を始めた。

最初は少し不安定だった音が、やがて安定し、ザラザラとした温かいメロディが部屋に満ちる。ディック・ミネが若き日に音楽に傾けた情熱、そして「人生の並木路」のような楽曲が、当時の人々の心をどのように揺さぶったのだろう。指先の作業を終えた私は、ただ静かにその音に耳を傾けていた。

デジタルが全てを高速化する時代に、あえて手間をかけ、古いものと向き合う時間。それは、まるで時空を超えた対話のようだ。皆さんは、そんな「不便さ」の中に、何か特別な価値を見出すことはありますか?

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