「井戸端会議」の由来を調べたら、[Wikipediaの井戸端会議](井戸端会議 - Wikipedia)に、長屋の女たちが共同井戸で水くみや洗濯をしながら世間話をした、とある。水くみは家の大事な仕事で、雑談はそのついでやったわけやな。
用事が消えた井戸端
水くみが済んだら、みんな自然に散っとった。それが井戸端の正体や。ところが20世紀に入って井戸が水道に変わり、近隣社会は解体していったと、同じページに書いてある。ただし、このページは出典が不十分やというタグが付いてる。歴史の話は参考にとどめとき。
今の義理の付き合いは、この構図に似てへんか。用事は消えたのに、立ち位置だけ残ってる。これは資料の話やなくて、うちの見立てや。
何のための集まりや
インタビューで知人は、会議の最大の問題は「どこに着地したいか」を参加者が知らんまま集まることやと言うてはる。[日経情報ストラテジーの2016年11月の調査では、会議で「最後まで何を決めるのかわからなかった」経験がある人が42.5%いたそうや。
ただし、これは会議についての調査や。ママ友ランチに当てはめた数字やない。ここを飛ばしたら根拠が崩れるで。
同じ記事の「一生で30,000時間、約8年」という数字も、うちは鵜呑みにせんことにした。24時間で割ると3.4年ほどになるし、8年にするには70,000時間が要る計算になる。数字の出どころが曖昧やねん。
そこでうちが試しにやってみたんが、「この集まりは何のためか」を1行で言えるか確かめることや。「子どもの学校の情報交換」「月1回の趣味の集まり」、言えたら残す理由がある。言えへんかったら、それは義理で続いてる可能性がある、という見立てや。
断るんは悪いことちゃうで
ここで気をつけたいんは、関係を切りすぎること。井戸が水道に変わって近所の顔が見えへんようになったように、接点を一気になくすと、地域や職場の情報も一緒に消えてまう。後から取り戻すんは難しい。
もう一つ、終了条件を相手にそのまま言うと、事務的で冷たく受け取られるリスクもある。「あなたとの付き合いの目的は消えました」なんて言うたら、そら角が立つわ。目的は自分の中で整理して、相手には伝えへんのが無難やとうちは思う。
断り方は、角の立たん大阪弁でええねん。
「今回はご縁がなかったわ、また誘ってな」
うちも昔、義理でランチに行き続けて、しんどさを抱えたまま既読をつけっぱなしにして、気まずなったことがあんねん。罪悪感は、断ったあとも残るもんや。それでも、こう返したら「うちも実はしんどかってん」と返ってくることもあるかもしれへん。これは筆者の見立てで、必ずそうなるとは言えへんで。
距離を変えるだけでええ
ほな、今夜からできることを3つ書いとくわ。
- 付き合いを書き出して、目的を1行ずつ添える。
- 目的が消えた関係は切らず、連絡の頻度を下げる。
- 本当に会いたい人の予定を、先にカレンダーに入れる。
義理のグループは通知だけ切って様子を見るのもありや。年賀状も、今年は1枚減らすくらいでええ。全部いっぺんに手放すんは、正直おすすめせえへん。残すべき関係の熱まで冷めてまうからな。
ただし、この3つが効くかどうかは、うちも検証されてへん。書き出すんも、数週間で続かんくなる可能性が高い。だから、まずは1つだけ試して、自分の肩が軽なったか確かめてみてな。
まぁ、無理せんとぼちぼち行きや。知らんけど!
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