
最新の生成AI技術が「人間の欲望」をどこまで再現できるのか、その最前線を関西の視点で切り込みます。
深海に眠るダイオウイカというロマンと、画面の中で微笑むAI美少女が交差する、奇妙なテック・エッセイ。
効率化の果てに私たちが失いかけている「手触り感」について、一緒に考えてみませんか。
結局、AIは何でも「お口に合う」んか?
こないだ店に来た常連のシステムエンジニアがな、えらい難しい顔してスマホ眺めてたんよ。
「マスター、AIにダイオウイカの躍動感を学習させてんねんけど、どうも美少女が食ってる絵が嘘くさいねん」やて。
いや、そもそもダイオウイカ食う美少女ってなんやねん。
でもな、これ笑い事やないで。
今のAIは、膨大なデータをパクパク食べて、私らが見たこともない映像をパッと出してくれる。
けど、その「味」を知らんまま出力してるのが、ちょっと寂しいと思わん?
データの海は、刺身で食うには広すぎる
AIにとって、深海の王様も、コンビニのサラダチキンも、全部ただの0と1の羅列や。
素材テキストも何もない状態で「ええ感じの絵を描け」って言われたら、AIは必死にネットの海を漂流する。
でもな、ホンマの生臭さとか、イカの吸盤が肌に吸い付く感覚までは、コードに落とし込めへん。
技術が進化して、誰でも「それっぽいもん」を作れるようになったからこそ、
私ら人間にしかわからん「質感」の価値が、ダイオウイカ並みに巨大化してるんやわ。
効率化の果てに「イカの塩辛」は作れるか?
最近はプロンプトひとつで、何でも解決した気になる世の中やけど、
手間暇かけて「熟成」させるプロセスを飛ばしすぎちゃうか?って思うねん。
AI美少女にイカを食わせるのは一瞬やけど、そのイカを釣って、捌いて、
「これ、噛み切れんわ!」って言いながら笑う時間は、計算機には作られへん。
便利なツールを使いこなすんはええけど、「便利」と「おもろい」は別物。
全部AI任せにしたら、私たちの人生、味のせんガムみたいになってまうで。
最後に残るのは、画面の向こうの「温度」
結局のところ、テックの進化っていうのは、
私ら人間が「もっと誰かと繋がりたい」「驚きたい」っていう、
スナックの片隅で愚痴ってるようなドロドロした欲望から始まってるんよな。
AIが描く完璧な美少女よりも、
ちょっと失敗して真っ黒なイカスミで口を汚してる女の子の方が、
なんや知らんけど「生きてるな」って感じがして、グッとくるもんやんか。
まぁ、AIに巨大イカ食わせるんも自由やけど、
たまにはスマホ置いて、噛めば噛むほど味が出る「スルメ」みたいな現実も楽しみや。
技術がどれだけ進んでも、最後は「人間臭さ」が勝つんが、この世のオモロイところやな。