消えた社員食堂の記憶
昭和の会社には、必ず社員食堂があった。安くてそこそこ旨い定食が食えて、上司も若手も同じ列に並ぶ場所。
私が新聞社にいた頃も、食堂での雑談から取材のヒントをもらったことが何度もある。「あの話、聞いたか?」という一言から記事になったことも。意図せず情報が交差する場所だった。
それが90年代以降、コスト削減の波でどんどん消えた。外注化、縮小、閉鎖。コンビニ弁当を自席で食う文化が当たり前になって、誰もそれをおかしいと思わなくなった。あの頃の変化、今振り返るとなかなか大きかったと思う。
ストレスが義務になった
社内カフェが「ウェルネス投資」として語られるようになった背景には、制度の変化がある。2015年から、従業員50人以上の事業所ではストレスチェックが義務化された。
会社は社員のメンタル状態を「測って記録する」責任を持つようになった。測るだけじゃなくて、問題があれば対策を打たないといけない。社内カフェや休憩スペースの整備が、その「対策」として位置づけられるようになったのはそういう流れだ。
健康経営優良法人という国の認定制度もでき、1万7千社超が認定を受けているという。「社員の健康に気を使っている会社」が国から評価される時代になった。社員食堂が消えた頃とは、ずいぶん変わったものだ。
投資対効果の気持ち悪さ
正直なところ、この流れには複雑な気持ちがある。
健康への投資が「生産性向上」「離職率低下」「医療費削減」という言葉でばかり語られると、社員が管理される資源みたいに聞こえてくる。コーヒー一杯で生産性が上がるから提供する、というのはまあそうなんだろうけど、どこかしっくりこない。
ただ一方で、昭和の「根性で乗り切れ」という職場よりはずっとマシだ。ストレスチェックがあるから、声を上げられなかった人が救われるケースも確実にある。制度が不完全でも、ないよりある方がいい。
白黒つけられる話じゃないな、と思いながらスマホを置いた。
余談、試食コーナーの話
全然関係ないけど聞いてほしい。
昨日、近所のスーパーで試食のおばちゃんに捕まった。明太子の佃煮を「どないですか」と勧められて、気づいたら二切れ食べていた。会計のとき、やっぱり買った。
あの試食コーナーって、社内カフェと似てると思う。目的があって設けられた場所なのに、そこで生まれる小さな会話は、設計した人が想定しなかったものになる。昭和の社員食堂がそうだったように。
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コーヒー一杯の話が、法律や経営の話まで広がってしまった。
でも結局、人はどこかで誰かとだらだら話す時間が必要で、それが健康にも仕事にも効いてくる、というのは制度が生まれるずっと前から変わらない話だ。社員食堂が消えて、社内カフェが戻ってきたのは、遠回りしてそこに気がついた、ということかもしれない。私はそう読んでいる。
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