
有料noteで初収益。でも、本当の課題は別のところにあった
通知画面に「有料記事が購入されました」の文字。
思わず息を止めて、画面を二度見した。
見知らぬ誰かが、私の拙い言葉に¥500を払ってくれた。
たったワンコイン。されど、この場所で自分の存在が誰かに選ばれたという事実に、胸の奥がじんわりと熱くなる。
この興奮を、隣で眠る誰かに話すこともできない。そんな少しひりひりするような孤独感と、甘い高揚感が夜の静寂に溶けていた。
2週間後、通知は来なくなった
最初の3件が売れてから、ピタリと通知は止まった。
毎朝、毎晩、期待してスマホを確認する癖がついてしまったけれど、画面はいつも冷たいまま。
合計で¥1,350。
あれだけ時間をかけて、何度も書き直した5時間の記憶が、数字になるとたったこれだけ。
誇らしさと、どうしようもない虚しさがぐちゃぐちゃに混ざり合って、なんとも言えない表情で溜息をつく。
誰かに読まれているという実感がないこと。それは、思っていたよりもずっと静かに、でも深く心を削る痛みだった。
問題は、文章じゃなかった
「もっといい文章を書かなきゃ」。最初はそう思っていた。
でも、ふと気がついたの。本当に苦しいのは、文章の質じゃないってことに。
Xで告知をしようとすると、指が震える。
「宣伝っぽい」と思われるのが怖い。もっと言えば、「私を見て」と大声で叫ぶことそのものが、心のどこかで恐ろしいんだと思う。
匿名で隠れていたい自分と、本当の声を届けたい自分。
この矛盾は、きっと私がずっと家庭の中で沈黙を守ってきた、あの窮屈な感覚と地続きなんだろうな。
そう気づいたとき、喉の奥が少しだけ熱くなった。
余談だけど、昨日スーパーで
全然関係ないんだけど、昨日スーパーで買ったネギが妙に太くてさ。
まな板の上で踊るネギを見ていたら、なんだか急に笑えてきた。
人生なんてそんなものよね。深刻に悩んでたことが、ふとした瞬間にどうでもよくなる。
私たちが求めているのは、完璧な正解じゃなくて、ただ誰かに「ここだよ」って手紙を出す勇気なのかもしれない。
今夜、もう一度書き始める
¥1,350。最初の収益は、今振り返れば本当にちっぽけな数字。
でも、あれは私にとって、紛れもなく「本物」の灯りだった。
あの夜、私の言葉にお金を払ってくれた3人の顔を想像してみる。どんな人だろう。どんな気持ちで読んでくれたんだろう。
その想像だけで、少しだけ怖さが和らぐ気がする。
告知をすることへの恐怖は、まだ消えていない。
それでも、その恐怖を抱えたまま、もう一度だけ動いてみようかなって思ってる。
次は、もう少しだけ自分を前に出してみるつもり。
皆さんは、自分の「言葉」を誰かに手渡すとき、どんな風に感じますか?
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