朝5時、まだ薄暗い中、私はベッドから這い出しました。昨夜も夜中に何度も義母の様子を見に行き、まともに眠れていないせいで、頭は重く、体も鉛のように感じます。洗面台の鏡に映った自分の顔は、目の下のクマがひどく、もう誰だか分からないくらい疲弊していました。こんな顔で、今日も一日を乗り切るのかと、ため息が出ます。

義母の食事介助、排泄の介助、デイサービスの準備と送り出し。これだけで午前中はあっという間に過ぎていきます。その後、週5日のパートに出かけ、帰宅すれば休む間もなく夕食の準備、洗濯、そしてまた義母の介護。気がつけば深夜、ようやく自分の時間が持てるかと思いきや、もう眠気と疲労で何も手につきません。ベランダの小さな植物たちに水やりをする余裕さえ、最近はなくなってしまいました。

もう限界だった。あの夜、私はテーブルを叩きつけたかった

この生活が始まってから、もうどれくらい経ったでしょうか。週に平均して35時間もの時間を介護に費やしていると、ケアマネジャーの鈴木さんに指摘された時、正直、信じたくなかったです。でも、言われてみれば、確かにそうかもしれません。朝から晩まで、私の頭の中は常に義母のことでいっぱいでした。

パートの仕事は、私にとって唯一、社会と繋がっていられる場所です。収入も必要ですし、何より「高橋さん」として誰かに必要とされることが、私の自己肯定感に繋がっていました。でも、最近は仕事中も義母のことが頭をよぎり、集中できないことが増え、ミスも目立つようになってきました。このままでは、いつか本当に倒れてしまうのではないか。そう思うと、胸が締め付けられるような不安に襲われます。あの夜、疲労困憊で食卓についた時、私は思わずテーブルを叩きつけたくなりました。

「贅沢」だなんて言わせない。私が私の人生を取り戻すための、冷酷な計算

「介護者が自分の時間を取るなんて贅沢だ」――世間には、そんな声もあるかもしれません。私自身、そうあるべきだと思い込んでいた時期もありました。でも、このままでは、私だけでなく、夫や子どもたちとの関係まで壊れてしまうのではないかと、強い危機感を感じるようになりました。

ある日、たまたま目にした記事で「燃え尽き症候群」という言葉を知りました。それがまさに私のことだと感じた時、大きな衝撃を受けました。自分を救うのは、自分しかいない。そう思い、私は介護時間の「見える化」に着手しました。早朝の起床から深夜の就寝まで、義母のために私が何にどれくらいの時間を費やしているのか、一つ一つリストアップしていったのです。そのリストは、私がどれだけ追い詰められていたかを、冷酷なまでに突きつけてきました。

夫や長男に協力を求めることは、正直、気が引けました。彼らもそれぞれの生活がありますし、頼み事をすることで関係がギクシャクするのも嫌だったからです。でも、もう後には引けない。そう決意した時、あんしんデイサービスのケアマネジャー鈴木さんが、私の背中をそっと押してくれました。「高橋さんが倒れてしまったら、元も子もないんですよ」その言葉が、私の凝り固まった心を少しだけ解きほぐしてくれたように思います。

水曜の夜は『私の時間』。家族に突きつけた、容赦ない『お願い』

数日後、私は夫と長男を前に、家族会議を開きました。最初は二人の顔に困惑の色が見え、沈黙が続きました。でも、私は意を決して、あの「週35時間の介護リスト」をテーブルに広げ、自分がどれだけ追い詰められているかを、感情を込めて赤裸々に語りました。声が震え、涙が溢れてしまいましたが、この状況を伝えるには、これしかないと思ったのです。

そして、私は具体的な「お願い」を突きつけました。
夫には、「毎週水曜の18時から22時まで、義母の見守りをお願いしたい」と。
長男には、「月に2回、スーパーマーケットでの買い物代行をお願いしたい」と。

さらに、あんしんデイサービスを週3日利用すること、その費用が月額約3万円かかることも説明しました。しかし、パートの時間を増やすことで、私の収入が月約8万円増える見込みがあり、結果的に家計は月5万円のプラスになることも付け加えました。最初は渋々といった様子でしたが、私がここまで追い詰められていることを理解してくれたのか、最終的に二人は私の提案を受け入れてくれました。夫は無言で頷き、長男は少し不満そうな顔をしながらも、「わかったよ」と言ってくれました。

「家族介護は身内が一番」なんて、きれいごとです。身内だけで抱え込もうとすれば、必ずどこかで無理が生じ、家族関係まで破綻してしまう。そう強く感じています。

そして、初めて迎えた水曜の夜。私は何をしようか、ずっと考えていました。カフェでぼんやり過ごすか、昔の友人に電話するか。結局、私は近所の公園のベンチに座り、ただ一人、静かに夜空を見上げていました。誰にも気兼ねなく、ただそこにいるだけの時間。それがどれほど尊いものか、身に染みて感じました。余談ですが、この時、空気がひんやりしてきて、そろそろ衣替えの時期だな、なんて全然関係ないことを考えていました。

この『わがまま』が、私たち家族の未来を変える

自分の時間を持つようになってから、義母への接し方が少し優しくなったように思います。心に余裕ができたことで、苛立ちが減り、笑顔で話しかけられるようになりました。夫や長男との会話も、以前より増えた気がします。特に夫は、水曜の夜に義母と過ごすようになってから、介護の大変さを肌で感じたようで、私への労いの言葉が増えました。

パートの仕事にも集中できるようになり、おかげで収入アップだけでなく、私自身の自己肯定感も高まりました。自分の「わがまま」とも思えるこの選択が、巡り巡って義母のため、夫のため、そして家族全体のためになっている。そんな深い気づきを得ることができました。

介護に直面している皆さん、どうか自分の欲望を抑えつけないでください。声を上げること、家族や外部サービスに「お願い」すること。それは決して贅沢なんかではありません。むしろ、自分自身と家族の未来を守るために、きれいごと抜きのリアルな介護を続けるために、必要不可欠なことなのだと、私は今、確信しています。以前の疲弊しきった私には、想像もできなかった未来が、今、目の前に広がっています。