
「ねえ、これ見て!テストで100点だったよ!」
朝から晩まで、私を呼ぶ声はいつも「ママ」か「奥さん」。大阪のマンションで家族と暮らす私の日常は、誰かのためのお世話で回っています。ふと鏡に映る自分の顔は、いつも疲れていて、眉間のシワが目立つようになりました。冷蔵庫に貼ってある家族写真には、笑顔の夫と子供たちがいて、私も一応写ってはいるけれど、どこか無理をしているような顔で写っているのが、ずっと気になっていました。
「私って、誰だっけ?」
そんな漠然とした問いが、最近、頭から離れません。
私の顔、いつからこんなに疲れてた?
ある日の午後、子供たちが学校へ行き、夫が会社へ出かけた後の静かなリビングで、私はぼんやりと窓の外を眺めていました。ベランダの植物は元気に育っているのに、私自身はなんだか枯れていくような気がして。友達の田中さんと先日カフェで話した時も、「最近、自分のための時間がないよね」と、お互いにため息をついたばかりでした。
家族のために尽くす日々は、もちろん幸せです。でも、ふと気がつくと、自分の名前で呼ばれる機会がめっきり減っていることに気づきました。私の存在が「ママ」や「妻」という役割の中に埋もれてしまっているような、そんな深い孤独感を感じることが増えたのです。
家族の写真はたくさんあるのに、私自身の写っている写真は、いつもどこか不自然。誰にも見せたくない、そんな写真ばかりが増えていくことに、やるせない気持ちを抱えていました。鏡に映る自分の顔が、かつて夢見ていた私とは全く違う「誰か」に見える瞬間は、胸が締め付けられるようでした。
『どんな自分になりたい?』カメラマンの問いに私は初めて自分を疑った
そんなある日、ネットでたまたま「自分だけの写真」を撮るプロの撮影サービスを見つけました。最初は「こんな贅沢、私には関係ない」と画面を閉じたのですが、心のどこかで引っかかっていたのです。美容室で髪を切ったり、エステに通ったりする費用と比べたら、年に一度くらいなら、もしかしたら……?そんな葛藤を抱えながらも、思い切って予約のボタンを押していました。
カメラマンは佐々木さんという、物腰の柔らかい女性でした。初めてのオンラインでの打ち合わせで、彼女は私にこう問いかけました。「中村さん、どんな自分になりたいですか?」その言葉に、私は完全に言葉を失いました。そんなこと、子育てや家事に追われる中で、一度も真剣に考えたことがなかったからです。ただ「きれいになりたい」くらいしか、頭にはありませんでした。
佐々木さんは、私が言葉に詰まっているのを見て、「もしよかったら、『ストレングスファインダー』という診断を試してみませんか?」と提案してくれました。自分の強みを言葉で表現するなんて、最初はとても照れ臭くて。でも、診断結果を見ながら佐々木さんと話しているうちに、自分でも気づかなかった「私」の一面が見えてくるような気がしました。
いざ撮影当日。新しい服を着て、少しだけいつもと違うメイクをして、準備は万端のはずでした。でも、いざカメラを向けられると、どんな表情をしていいか分からず、偽りの笑顔しか作れない自分がいました。「私って、こんなに表情が硬かったっけ?」と、少しがっかりしたのを覚えています。
レンズの向こうで、私は『私』を取り戻した。あの日の光が教えてくれたこと
撮影は、大阪市内の、私が普段あまり行かないような静かな公園で行われました。佐々木さんは、私がぎこちないのを見抜いていたのでしょう。無理にポーズを指示するのではなく、ただ「中村さん、深呼吸してみましょうか」とか、「今のままで、少しだけ視線を下げてみてください」と、優しく声をかけてくれました。
その言葉の魔法でしょうか。レンズ越しに見える自分の顔が、だんだんと柔らかくなっていくのを感じました。子供の頃、近所の友達と走り回っていた時の、あの無邪気な笑顔が、一瞬だけ蘇ったような気がしたのです。それは、スマホの自撮りでは決して捉えられない、自然な光と、佐々木さんの温かい視線が引き出してくれた「本当の私」でした。
「写真は、ただ思い出を残すものだと考えられがちですけど、私はそうは思わないんです」と、佐々木さんは言いました。「今の自分を写し、未来の自分を映し出すもの。いわば、自分を再定義するためのツールなんですよ」。その言葉は、私の心に深く、深く響きました。確かに、レンズの向こうで、私はかつての自分と、そして知らなかった自分と、初めて出会ったような感覚でした。
余談ですが、撮影中、近くを通りかかったお散歩中のワンちゃんが、私の足元にちょこんと座り込んできたんです。佐々木さんがすかさずシャッターを切ってくれて、その時の私の笑顔は、本当に自然で、飾らないものだったと思います。あの瞬間、私の心は完全に解き放たれていました。
リビングに飾られた『私』は、家族の目にどう映ったのか?そして、私の新しい生き方
後日、データで届いた写真の中から、私はお気に入りの一枚を選びました。少し微笑んで、まっすぐ前を見つめている私。A4サイズにプリントし、マット加工を施してもらい、リビングの壁に飾ってみました。
最初に気づいたのは、小学二年生の娘でした。「ママ、これ誰?なんか、いつものママと違う!」と、目を丸くしていました。夫も最初は「お、女優さんみたいじゃないか」と冗談めかしていましたが、そのうち、食卓でふと写真を見上げながら「なんだか、あかね、最近明るくなったな」と言ってくれたのです。
その言葉が、本当に嬉しかった。あの写真一枚が、私を「ママ」や「妻」という役割だけではない、「中村あかね」という一人の個人として、家族に認識させ始めたのかもしれません。
撮影を通じて得られた自己肯定感は、私の日常にも良い影響を与え始めています。週に一度、隠れ家カフェで自分だけの時間を過ごし、感情を綴る日記も、以前よりもずっと前向きな気持ちで書けるようになりました。新しい真っ赤なリップを塗って、鏡の中の自分を写真に収める瞬間も、自分を再発見する高揚感で満たされます。
あの時、少しの勇気と、エステ数回分の費用を「自分への投資」として一歩踏み出して、本当に良かったと心から思います。写真は、私の人生を、そして家族との関係性さえも、少しだけ、でも確実に良い方向に変えてくれました。これからも、私は私自身の美しさを探求し、誰のためでもない「中村あかね」として、新しい自分を記録し続けていきたいと思っています。