深夜の青白い光が、私の顔を青白く照らしていました。副業のSNSアカウントを開いては閉じ、また開く。タイムラインには、完璧な笑顔と洗練されたライフスタイルが溢れています。以前の私も、そうした「キラキラ」した投稿を目指していました。

写真は何枚も撮り直し、加工アプリで肌の粗を消し、言葉は何度も推敲して、まるで非の打ち所がない自分を演出する。けれど、そうして作り上げた投稿が誰にも反応されなかった時、深夜の静寂の中で、そっと削除する指先には、言いようのない空しさが残るのです。まるで、自分自身の価値がないと言われたような、冷たい感覚でした。

作り笑いの仮面と、粗い写真の真実

最初は、他の発信者さんたちのように、もっと洗練されたコンテンツを作らなければと思っていました。素敵なスタジオで撮ったような写真、まるでプロのライターが書いたような流麗な文章。自分の投稿が、彼らの完璧なアカウントと比べて、いかに泥臭くて恥ずかしいものか、と。

でもある時、ふと、そんな完璧な自分を演じることに疲れてしまったんです。ベランダで育てているハーブに水やりをしながら、ぼんやりと空を見上げていたら、急に「もう、いいか」という気持ちが湧いてきて。その時にスマホで撮った、何の加工もしていない、少し手ブレしたハーブの写真を投稿してみたんです。短い文章で、副業で試行錯誤している時の率直な気持ち、うまくいかなくて落ち込んだ話を手書きのメモと一緒に添えて。

それが、意外なほどたくさんの方に届いたんです。「私も同じでした」「その気持ち、すごくわかります」という温かい返信が、次々と届きました。数字(エンゲージメント率が3%から12%に上がった、という具体的なデータも後から知りましたが)以上に、誰かの心に直接触れられたような、そんな感覚が私を包みました。

傷を晒す勇気と、深い安堵

それからは、完璧な投稿にこだわるのをやめました。むしろ、自分の失敗談や、うまくいかなかった試行錯誤の過程を、飾らない言葉で発信するようになったんです。時には、過去の傷や、人に話すのが少し恥ずかしいような体験を語ることもありました。胸の奥がひりひりするような熱を感じながら、それでも正直に言葉を紡ぐ。

すると、面白いことに、毎日投稿しなければというプレッシャーから解放され、発信が苦痛ではなくなったんです。手が止まることもなくなり、泥臭くても、週に3回は自分の言葉を届けられるようになりました。深夜に「自分には価値がないのではないか」と迷う時間も、少しずつ減っていきました。

この経験を通して、私は「承認欲求」が弱さなんかじゃない、人間が人間として生きていくための「生存本能」なんだと、静かに確信したんです。無理に強がらず、不格好なまま、息をする心地よさ。デジタルデトックスで身体感覚を取り戻すことと、自分の本音を晒すことは、案外似ているのかもしれません。どちらも、ノイズの中から自分自身の本質を研ぎ澄ます儀式のような気がします。余談ですが、先日観たSF映画で、AIが完璧な人間を創り出すシーンがあったのですが、なぜか私は、不完全な人間の方に惹かれてしまいましたね。

物理的な手触りと、本物の繋がり

デジタルでの発信を通じて、人間らしい泥臭さや不完全さの価値を再認識しました。これは、私がいつかロボット開発という物理的な具現化に惹かれる理由の一つかもしれません。(デジタル領域から物理的な実機開発への転換を論理化できたことで、プロジェクトへの解像度が飛躍的に高まったという実感もあります。)

完璧なAIが作るコンテンツとは違う、手の跡や試行錯誤が残るものにこそ、本物の熱が宿る。それは、まるで壊れやすい陶器のひび割れから、中の温かさが伝わってくるような感覚です。実際、泥臭い発信を続けた結果、広告費を一切かけずに半年でリード獲得コストを0円に抑え、単価15万円のコンサルティング案件に直接繋がったこともありました。洗練されたデザイン案よりも、不格好な試行錯誤を記録したnote記事の方が、CVR(コンバージョン率)が平均2.4%高く推移した、という結果も出ています。

この経験が、私の価値観そのものをコンテンツの武器にできると確信させてくれました。「承認欲求は生存本能」という自身の信念を言語化したことで、迷いが消え、自分の武器(コンテンツ発信)への執着が明確になったんです。

明日、不格好なまま会いに行く

鏡の中に映るのは、以前のように無理をしていない、等身大の私の表情です。副業の営業戦略を立てる時も、完璧なプレゼンよりも、自分の泥臭い経験や、うまくいかなかったけれどそこから学んだことを語る勇気が持てるようになりました。

デジタルファーストから「身体と本質」への回帰、という私のロボティクスプロジェクトの方向性も、この「泥臭さ」の価値を肯定したことから、より明確になった気がします。

完璧な自分を演じるのは、もうやめました。まずは自分ができる小さな一歩から。不格好なまま、同じように傷を持つ誰かと繋がっていく旅は、まだ始まったばかりです。

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