
12年という歳月と、銭の引き継ぎ方
12年。オリンピックが3回巡る時間であり、生まれた赤ん坊が小学校を卒業するまでの長さである。この「継続の重み」を突きつけられたとき、大阪で中小企業を経営しながら、個人投資家として相場と対峙してきた私の脳裏には、ある強い思いが去来した。
「銭は働かせるもの。眠らせたら負け」
これが私の絶対的な信念だ。リスクと正面から向き合い、機動力を活かして立ち回る。その姿勢でここまで資産を築いてきた。しかし、50歳という節目を迎え、いま私の目の前には「築いた銭をどう次世代へ引き継ぐか」という、これまでにない重い課題が横たわっている。
経営者の冷静さと、父親の責任
我が家には2人の子供がいる。これまで自分のために、そして会社のためにリスクを取って回してきたポートフォリオだが、これをそのまま子供たちに右から左へ渡せばいいという単純な話ではない。
ここ数日、夜静かになった書斎でノートを開き、具体的な法人・個人を通じた資産の組み換えプランを書き殴っている。これまでは値上がり益をアグレッシブに狙う局面も多かったが、これからは「配当収入の最大化」を見据えた構造へ再編していく必要がある。
机上の空論で終わらせるつもりは毛頭ない。一歩を踏み出すために、具体的なタックスプランニングのシミュレーションに着手した。その瞬間、経営者としての冷徹な算盤勘定と、父親としての「子供たちの未来を守る」という責任感が、自分の中でカチリと噛み合う感覚があった。この「初動」を起こせたことに対する、妙な高揚感が今もある。
だが、ポートフォリオの再構築は一筋縄ではいかない。相場の荒波を個人の機動力で泳いできた身からすると、守りと引き継ぎを意識したアロケーションへの変更は、予想以上に難易度が高いと感じているのが本音だ。
「銭を働かせる」という教えの難しさ
資産をただ残すだけなら、税理士を叩き切って手続きを済ませればいい。しかし、私が本当に子供たちに残したいのは、目に見える現金や株式そのものよりも、「銭を働かせる」という私自身の信念、つまり金融教育そのものである。
機関投資家のような鈍重な組織に、個人の機動力でどう立ち向かうか。リスクを避けるのではなく、いかにコントロールして味方につけるか。これを言葉で、そして自らの背中で子供たちに伝えるのは、本当に難しい領域だと痛感している。
12年という歳月をかけて発信を続け、運用の果実を証明したというその番組のように、私もここから腰を据えて、我が家の「次世代へのバトンタッチ」を現実のものにしていかなければならない。進捗としてはまだまだゼロに等しいが、進むべき道筋への確信は揺らいでいない。
最近はGitHub Actionsを使ったCI/CDの自動化に手を出し、技術アウトプットの習慣化を試みたり、Chanmoto Roboticsプロジェクトのシミュレーション構築を進めたりと、相変わらず新しいことへの好奇心は尽きない。このエネルギーを、そのまま資産承継と子供たちの教育という大きな山へぶつけていくつもりだ。
銭を眠らせるな。それは次世代へ引き継ぐプロセスにおいても、全く変わることはない。