きっかけは一行の目次
といっても最初の1時間はほぼ何もできなかった。Notionを開いて、「第1章」と打って、止まった。ここまで対話ログを整理して章立てを考えてきたのに、いざ中身を書こうとすると、また白紙に戻った感覚がある。
まあ、よくある話だと思う。
1回と5回の違い
最初はAIに「この章のアウトラインを作って」と一言投げた。出てきたものは悪くない。でもどこかで読んだことがある気がした。
そこで試しに、同じ章を5回連続して問いかけてみた。「なぜその構成にした?」「この章で私が本当に伝えたいのは何だと思う?」「読者が途中で閉じるとしたら、どのあたりだと思う?」——そんな感じで。
5回目に返ってきた答えは、最初のものとまるで別物だった。
というより、5回目の時点で「私が言いたいこと」がずっとクリアになっていた。AIが賢くなったわけじゃない。私の問いが変わっていたんだ。
AIは対話型の鏡だ
これは、音楽を作る時にも感じてきたことと同じ構造だった。
Sunoに詩を読み込ませて曲を生成する時、最初の一回でぴったりくることはほとんどない。でもプロンプトを少しずつ変えながら何度も試すうちに、「あ、自分が欲しかったのはこの質感だ」とわかる瞬間が来る。Sunoが教えてくれるんじゃなくて、私自身が気づく。
電子書籍の執筆も、まったく同じだった。
AIは答えを出す機械じゃない。自分の中にある未整理の考えを引き出す、対話型の鏡だ。
余談だけど、昨日コンビニで新作のカフェオレ缶を見つけて飲んだら思いのほかうまくて、その小さな満足感が午後の作業をなんとか支えた。こういうどうでもいいことが意外と大事だったりする。
問いを重ねた先
プロトタイプの初稿、なんとか形になった。完璧じゃない。章と章のつなぎがまだ甘い部分もある。
でも今回はっきりわかったのは、「AIに書かせる」と「AIと問答する」はまったく別の行為だということだ。前者は思考を外注する。後者は思考を鍛える。
これまで蓄積してきた対話ログを見直すと、初期のものと最近のものでは問いの質がまるで違う。初期は「〇〇について教えて」ばかりだった。今は「私がこう感じているのはなぜだと思う?」から始まっていることが多い。
問いかけるたびに、思考の解像度が上がっていた。それに気づいたのは、この電子書籍を作っている最中だった。
明日からやること
とりあえず明日は、書き直しが必要な章をひとつだけ選んで、AIに5回以上問いかけることだけやってみる。
全体を整理しようとか、一気に完成させようとか、そういう大きなことを考えると手が止まる。一章、一問。それだけでいい。
プロトタイプは未完成でも、プロセスはすでに私のものになっている。それで十分だ。
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