夫はきっと「また始まった」とでも呆れるでしょう。でも、誰かの妻や母という役割を一時忘れて、純粋な「私」として輝きたい。そんな欲望が、最近、胸の奥でくすぶっています。
夫は「また着物か」と呆れ顔
以前は、もっと自分に手をかけていたはずなのに。今は子供たちの送迎や家事に追われ、自分のためのおしゃれなんて二の次です。鏡に映る自分は、確かに「母」であり「妻」だけど、それだけじゃない「中村あかね」はどこへ行ったんだろう、と。
そんな時、SNSでたまたま流れてきたアンティーク着物の写真に目が釘付けになりました。正直、着物って「古臭い」とか「敷居が高い」というイメージがあったんです。でも、そこに写っていたのは、大胆な柄と鮮やかな色合いで、どこか懐かしいのに新しい、そんな着物の世界でした。
「でも、着物なんて高いし、着付けも大変でしょ?」
それが世間の常識ですよね。私もそう思っていました。でも、あの写真を見ているうちに、自分の中の好奇心がムクムクと頭をもたげてきたのです。
『たった数千円で?』私の密かな変身願望
「きものやまと」というレンタル店のサイトを見つけたのは、そんな時でした。普段、ネットで何かを衝動的に調べることなんてめったにないのですが、この時はなぜか手が止まらなかった。調べてみると、一般的な着物レンタルよりもずっと手軽な値段で借りられることを知って、本当に驚きました。私の予想の半分以下だったように思います。
「これなら、夫に内緒で試せるかも」
そんな背徳感にも似た高揚感がありました。子供たちが学校に行っている間、私はこっそり予約を取り、大阪の店舗へ向かいました。まるで秘密の計画を遂行するスパイになった気分です。
お店でたくさんの着物を前にすると、正直戸惑いました。でも、店員さんが勧めてくれた大正ロマン風の着物に、なぜか強く惹かれたのです。試着をして、着付けとヘアセットが驚くほどあっという間に終わった時、鏡の中にはもう「いつもの私」はいませんでした。「まだ、いけるかも」。そんな、久しぶりに感じる女としての喜びが、胸いっぱいに広がりました。
街で見知らぬ男性が私に言った一言
着物姿で心斎橋の街を歩くのは、まるで別世界に迷い込んだようでした。普段は気にも留めない人々の視線が、この日は心地よく感じられます。ショーウィンドウに映る自分を見るたびに、内側から湧き上がる高揚感を抑えきれません。
すると、すれ違いざまに、見知らぬ男性が私に言ったのです。「素敵ですね」。
一瞬ドキッとしましたが、それ以上に、女性として見られていることへの喜びが、全身を駆け抜けました。誰かの妻でも、母でもない。ただ一人の「中村あかね」として、街に溶け込んでいる。そんな錯覚に、私はすっかり酔いしれていました。
その日の写真をSNSに投稿すると、普段の何倍もの「いいね」やコメントが殺到しました。「あかねさん、別人みたい!」「すごく似合ってる!」というメッセージの数々に、私の承認欲求は満たされていきました。アンティーク着物って、古いどころか、今の私に一番しっくりくるのかもしれない。そう思えた瞬間でした。
夫婦、そして私。この着物が教えてくれた
着物を脱ぎ、いつもの服に着替える時、まるで魔法が解けてしまうような寂しさを感じました。でも、鏡の中の私は、もう以前の私ではありません。心の中に、確かに新しい「私」が芽生えているのを感じました。
家に戻れば、また夫や子供との日常が待っています。それは変わらないけれど、私の心持ちは大きく変わりました。「誰かの妻や母である私」も大切。でも、それと同じくらい「中村あかねという一人の女である私」も大切にしたい。そう、強く思えたのです。
この小さな一歩が、きっと私の人生を少しずつ、でも確実に変えていく。まるで服を着替えるように、人生だって着替えていいんだ。そんな風に思わせてくれた、アンティーク着物との出会いでした。
あなたの中にも、まだ眠っている「新しい私」がいるはずだと思いませんか?