特に、閉店してしまったお気に入りの店の情景が、記憶の彼方に霞んでいくのは、やはり寂しいものです。写真では捉えきれない、あの薄暗い照明、ビンテージスピーカーから流れるジャズの空気感、マスターの横顔、レコードのジャケットが並ぶ棚。その温かみは、私の心の中に確かに息づいていました。
そんな失われゆく情景を、AIの「筆」で再構築できないだろうか。ふと、そんな衝動に駆られたのが、この試みの始まりです。
薄明かりの記憶、ジャズの調べ
私の小説『標高差の恋』でも、主人公が訪れる喫茶店の描写には、こうした記憶の断片が散りばめられています。物語の舞台となる場所の空気感をどう表現するか、いつも心を砕いています。
ジャズ喫茶の記憶も同じです。あの独特な時間を、もう一度、視覚として感じたい。そして、それを誰かと共有したい。そう思った時、AIが単なるツールではなく、私の記憶を呼び覚ます新しい表現手段になり得るのではないかと感じたのです。
記憶の色彩を呼び覚ます
具体的なジャズ喫茶の情景をAIで描く時、私が主に使うのはMidjourney v6.0と、ローカルPCのNVIDIA GeForce RTX 4070で動かすStable Diffusion XLです。アナログな表現を追求する上で、両者の特性を使い分けています。
例えば、神保町の「ランチョン」や渋谷の「メアリージェーン」のような、具体的な店の名前や内装の特徴をプロンプトに含めるのは非常に重要です。「薄暗い照明、ビンテージスピーカー JBL 4312、マスターの横顔、レコードのジャケット」といった要素を丁寧に盛り込むことで、記憶に近い情景を再現できているように思います。
油絵や水彩画のようなアナログな質感を出すには、プロンプトに「oil painting style, impasto, visible brushstrokes」や「watercolor painting, delicate wash, soft edges」といったキーワードを加えるのがコツです。一枚の画像を生成するのに平均15分ほどかかりますが、その試行錯誤こそが、まさに「現代の詩」を紡ぐような感覚です。
| プロンプト例 | 再現される情景のポイント |
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| `a dimly lit jazz cafe, vintage JBL 4312 speakers, master's profile, stacks of vinyl records, customers enjoying jazz music, oil painting style, warm tones, nostalgic atmosphere` | 薄暗い店内の暖かな光、ビンテージスピーカーの存在感、マスターの静かな佇まい、レコードのジャケットが並ぶ様子。油絵特有の厚みと温かみが、記憶の中の情景を呼び覚まします。 |
| `shibuya jazz cafe Mary Jane, soft watercolor painting, rain outside the window, lone customer, coffee steam, melancholic mood` | 渋谷の「メアリージェーン」の窓の外に降る雨、一人静かにコーヒーを飲む客、立ち上る湯気。水彩画の柔らかなタッチが、感傷的な雰囲気を繊細に表現してくれます。 |
デジタルに宿るアナログの「魂」
「AIアートには魂がない」という声を聞くことがあります。しかし、私はそうは思いません。個人的な記憶や感情をプロンプトという「詩」に込めることで、生成された画像には、深い感情的な奥行きと物語性が生まれるように感じています。これは単なる模倣ではなく、私の記憶をAIが「再解釈」し、新しい表現として提示しているのだと思うのです。
むしろ、デジタル技術であるAIが、最もアナログでノスタルジックな情景を効果的に再現できるという逆説に、私は美しさを感じます。人間の記憶の曖昧な部分をAIが補完し、特定のジャズ喫茶の「空気感」を再現する上で、写真では捉えきれない情感を増幅させているように感じられます。
余談ですが、先日、仕事で使うペンタブレットの芯を交換したんです。アナログな描画ツールも、こうしてメンテナンスを重ねて使い続けることで、デジタルツールにはない愛着が湧くものですよね。AIアートも、プロンプトという言葉を磨き、意図を込めることで、道具以上の存在へと変わっていくのかもしれません。
記憶のキュレーション、未来へ
このAIアートでの記憶の再構築は、手描きで同様のクオリティのアナログ風イラストを制作する場合と比較して、制作時間を大幅に短縮し、コストも削減できると感じています。私の『現代の詩集』プロジェクトも、AIとの共創がなければ、これほどのペースで進めることはできなかったでしょう。
AIアートは、失われゆく個人の記憶や文化的な情景をデジタルで保存し、次世代に伝えるための新たな「美術館」となり得るのではないでしょうか。それは、過去を未来へと繋ぐ、創造的な可能性を秘めているように感じます。
あなたには、忘れられない情景や、心に残る記憶はありますか?もしそうなら、その大切な記憶を、AIの「筆」を使って表現してみるというのはいかがでしょうか。きっと、新しい感動と発見が待っていると思います。