OBSERVATION
2026-07-27

承認欲求を物理的な武器にするため、来月ラズパイを買って開発を始める計画を立ててみた

承認欲求を物理的な武器にするため、来月ラズパイを買って開発を始める計画を立ててみた

暗い寝室でスマホの画面をタップする指先だけが、冷たく浮き上がっています。
SNSや婚活アプリの通知は、本当に人を幸せにしてくれるのでしょうか。
5分おきに画面を更新しては一喜一憂する自分に、少し疲れてしまったのかもしれません。

画面を滑る指と虚無

50代になってから始めた同世代との出会いの場やSNSで、私はいつの間にか画面の数字に支配されていたようです。
先日も静まり返ったカフェの壁際の席で、お見合い相手の女性と向き合っていました。
相手が静かに話す実家の親の介護の苦労や、前の結婚生活で残った心の傷について耳を傾けながらも、私の意識はジャケットのポケットの中で静かに震えるスマホへ向かってしまっていたのです。

互いに人生の後半戦を背負い、泥臭い現実を生きているはずなのに、私は画面の向こうの不確実な反応を求めていました。
アプリで新しいメッセージが届いたり、投稿に「いいね」がついたりすると、一瞬だけ胸が熱くなる感覚があります。
しかし、その達成感は一瞬で消え去り、後には冷たく重い虚無感だけが残ってしまうみたいです。

相手の言葉のトーンや、テーブルの上のカップから立ち上る紅茶の湯気よりも、画面に映る数字ばかりを意識してしまう。
そんな自分の浅はかさに、夜の自室でひとり溜め息をつくことが増えたように感じられます。
暗闇の中で画面を滑らせる指を止められないのは、孤独を恐れる生存本能のようなものなのかもしれません。

自分を殴る小さな計画

画面の中の儚い数字に振り回される日々から抜け出すため、私は少し変わった計画を思いつきました。
来月、9,900円ほどで買える「Raspberry Pi 5」という手のひらサイズの緑色の基板を購入してみようと考えています。
さらに、秋葉原やネット通販で手に入る500円ほどの小さな「SG90サーボモーター」を取り付ける予定です。

この装置の目的は極めて単純で、画面の中の承認欲求を「物理的な打撃」に変換することにあります。
画面の「いいね」が増えるたびに、小さなアームが動いて自分を物理的に叩くという泥臭い仕掛けです。
電子工作の初心者はLEDを光らせるだけで満足してしまいがちですが、私は自分を叩くハンマーを作りたいと考えています。

デジタルなノイズから離れて静かな集中力を取り戻したいという気持ちがある一方で、自分の手で作ったモノで承認欲求を満たしたいという矛盾した感情も抱いています。
それでも、画面の中の幻影を追いかけるよりは、自分で組み立てた装置に叩かれる方がよほど健全であるような気がしてならないのです。
来月パーツが手元に届くと思うと、不思議と心が少し軽くなる気がします。

10ニュートンの衝撃

具体的な仕組みとしては、Python 3.11とtweepyというライブラリを活用する予定です。
XのAPIを経由して、60秒間隔で自分の投稿への反応を監視させる処理を組もうと構想を練っています。
15分間に15回というAPIの制限を考慮すると、このくらいの間隔でポーリングを行うのが適切なようです。

計算の上では、画面の中で「100いいね」を獲得するごとに、サーボモーターが駆動して10N(ニュートン)ほどの物理的打撃が発生します。
0.12秒で60度動くアームが、手の甲や腕に小さなインパクトを与える瞬間を想像すると、妙な可笑しみがこみ上げてきます。
画面の中でいくら褒められても脳が慣れてしまいますが、物理的な衝撃なら痛覚としてしっかりと現実を感じ取れるはずです。

こうして通知の確認を物理デバイスへ外部化することで、スマホの画面を無駄に点灯させる回数を減らせるかもしれません。
一説によれば、この試みによって通知確認の画面点灯が減り、スマホ依存時間を1日平均2時間ほど削減できる可能性があるようです。
画面の向こうの不確実な評価を泥臭い刺激に変え、現実の時間を取り戻せるのだとすれば、この風変わりな実験にも意味があると思えます。

痛覚だけが目を覚ます

50代にもなって、誰かに認められたくてジタバタしている自分を振り返ると、愚かしくもあり、どこか愛おしくもあります。
若者のような駆け引きではなく、ただ自分の存在を誰かに確かめてほしいという切実な思いが、SNSやアプリに向かわせていたのかもしれません。
けれど、本当に必要なのは画面の向こうの無機質な評価ではなく、現実の触感なのだと気づかされます。

画面の数字にすがるのをやめ、自分の作った泥臭い仕掛けの痛みを通して現実と向き合うこと。
デジタルな静寂を求めながらも、自分の生み出した存在感で承認を満たそうとする自分を受け入れること。
10ニュートンの衝撃が肌に触れたとき、私はようやく画面の幻影から解き放たれ、自分の足で立っている感覚を取り戻せるような気がするのです。

窓を開けると、夜の冷たい風が頬をかすめ、手元のお茶の温もりがじんわりと掌に伝わってきます。
こうした泥臭く確かな現実の感覚こそが、人生の後半戦を歩んでいくための本当の武器になるのかもしれません。
あなたはスマホの画面に疲れを感じたとき、どのようにして現実の自分を取り戻しているでしょうか。

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