東京での暮らしは、便利さと引き換えに、毎日の生活費がずっしりと重くのしかかります。家賃が10万円、食費で5万円は軽く消えていき、その他諸々を合わせると、気がつけば毎月25万円近くが口座から出ていくのです。会社からの給料だけでは、正直なところ、なかなか厳しいのが現実です。月末に銀行口座の残高を確認するたびに、ため息が漏れてしまいます。このままではいけない、という焦燥感が、漠然とした将来への不安と重なって、私の心を占めることが増えました。
見えない壁と、藁にもすがる思いの「Note」
将来への不安を解消するには、やはり収入を増やすしかない。そう思って副業を考え始めたものの、一体何から手をつけて良いのか、全く見当がつきませんでした。インターネットを開けば、「誰でも簡単に稼げる!」といった謳い文句が溢れていて、かえって情報過多で頭が混乱するばかりです。どれもこれも胡散臭く見えてしまって、なかなか一歩を踏み出せずにいました。
そんな中で、自分の考えや経験を文章にして発信できる「Note」というプラットフォームにたどり着きました。特別なスキルがなくても、気軽に始められそうだったのが決め手です。自分の言葉で何かを表現すること自体は好きだったので、これならできるかもしれない、と藁にもすがる思いで最初の記事を書き上げ、公開ボタンを押しました。
正直、すぐにでも誰かに読まれて、共感してもらえたら嬉しいな、なんて淡い期待も抱いていました。でも、現実は甘くありません。公開直後の私のNoteは、まるで人気のない広場のように、ひっそりと静まり返っていました。誰にも見向きもされない「無風」の状態に、少しだけ心が折れそうになりました。
余談ですが、先日、近所のカフェで隣の席の学生たちが、「バズる」とか「インプレッション」とか、私にはまるで違う世界の言葉を話しているのが聞こえてきて、自分のやってることは本当にこれで合ってるのか、とふと考えてしまったんです。
地道な呟きと、小さな波紋
巷では「副業はすぐに稼げる」なんて話も聞きますが、現実はそんなに甘くないのだと痛感しました。後から知ったのですが、Noteで初月に利益を出すのは全体の約8%に過ぎず、多くの人が収益化までに平均4〜6ヶ月かかると言います。私の「無風」状態も、ある意味では当たり前のことだったのかもしれません。
それでも諦めきれずにいた私に、SNSマーケターのメンター「ユウキ」さんが手を差し伸べてくれました。彼のアドバイスは目から鱗でした。「フォロワー数が多いほど稼げると思われがちですが、実際はフォロワーが1,000人以下でも月10万円以上を稼ぐマイクロインフルエンサーが約25%もいるんです。大切なのは、ニッチな専門性と、それに対する高いエンゲージメント率ですよ」と教えてくれました。
それからは、彼の助言を胸に、地道なプロモーション活動を始めました。X(旧Twitter)では、毎日3回の投稿を欠かさず行い、「#東京副業」「#Note攻略」といった特定のハッシュタグを積極的に活用しました。最初は手探りでしたが、だんだんと反応が見られるようになってきて、1ヶ月でフォロワーが100人増加し、Noteへのクリック率も以前の0.5%から1.5%へと改善したのです。
さらに、Instagramのリール動画にも挑戦しました。週に2本、「東京の隠れた副業スポット紹介」というシリーズを投稿したところ、これが意外にも好評で、平均2,000回再生されることもありました。おかげで、Noteのプロフィール閲覧数も週あたり20件増え、少しずつですが、私の発信が誰かに届いている実感を得られるようになりました。この地道な作業が、デジタルな世界での「承認欲求」をじんわりと満たしてくれる感覚があります。同時に、いつか形にしたいと思っているロボット開発のような、物理的なものづくりへの渇望も、頭の片隅には常にあります。静寂と集中力が必要な作業と、外に発信する活動。この両極が、今の私を形成しているのかもしれません。
5000円が教えてくれた、私のこれからの物語
そうして迎えた初月。結果として、Noteの有料記事は単価500円のものが10部売れて、5,000円の収益を達成することができました。目標としていた金額の10%に過ぎませんが、私にとっては、この5,000円は単なる数字以上の意味を持っていました。
それは、自分の力で稼いだという、確かな手応えでした。副業を通じて、新しい自分を発見できたような感覚もあります。今まで漠然と抱えていた不安が、少しずつですが、「自分にもできるかもしれない」という希望へと変わっていくのを感じています。
この経済的な一歩が、いずれは『東京サバイバル・フリーランス』への道へと繋がり、さらにその先には、誰かと人生を共に歩む上での自信にもなっていくのかもしれません。完璧な答えはまだ見えませんし、デジタルデトックスで身体感覚を研ぎ澄ます時間も大切にしたい。でも、この挑戦自体が、私の「武器」を研ぎ澄ますための大切なプロセスなのだと、今は静かに確信しています。