休日の午後、ベランダの鉢植えに水をやりながら、ふとスマホを手に取りました。この数ヶ月、私は密かにnoteで文章を書き続けています。50代になり、仕事以外の時間が増えたこともあり、何か新しいことを始めたいと思っていたのです。

きっかけは、友人のマミさんがSNSで楽しそうに趣味の写真を投稿しているのを見たことでした。私にも何か発信できることはないだろうか。そんな漠然とした思いから、noteのアカウントを作りました。最初は、誰にも言えない秘密の楽しみ、といった感覚でしたね。

正直なところ、「誰かに見つけてほしい」「私の書いたものに価値があると感じてほしい」という承認欲求が、心の奥底にありました。でも、この年齢でそんなことを口にするのは、どこか気恥ずかしいというか、まるで自己満足の塊のように思われるのではないかと、ブレーキがかかっていたんです。婚活の場で自分をどう表現するか、という悩みとも少し似ているかもしれません。自分を出すことに、どこか後ろめたさを感じていました。

『スキ』の数と、届かない声の孤独

書き始めてみると、これがなかなか難しい。最初の頃は、日記のようなものを月に2〜3回投稿していました。でも、期待していたような「スキ」やコメントは、ほとんどつきません。たまに一つ二つ「スキ」がついても、すぐに埋もれてしまうような感覚でした。

「結局、誰にも読まれていないのではないか」。そう思うと、モチベーションはみるみるうちに下がっていきました。頑張って記事を書いても、反応が薄いと、本当に孤独を感じます。noteを開くたびに、小さなため息が漏れる日々でした。

「もっと読まれるにはどうしたらいいんだろう?」と、インターネットで色々な記事を読み漁りました。タイトルに「〜の秘密」とか「〜だけが知る」といった言葉を入れると良い、と書いてあったので、試してみたこともあります。月に8回くらいは、そういう工夫を凝らしたタイトルをつけましたね。投稿頻度も、週に3回から5回に増やしてみたり。でも、目に見えるほどの変化はなくて。やっぱり、私の承認欲求は、ただの自己満足でしかないのだろうか、と諦めかけていました。

小さな『ありがとう』がくれた確信

そんなある日、私が書いた、過去の人間関係の悩みを乗り越えた経験についての記事に、一つだけコメントがついたんです。「私も同じ経験があります。アリスさんの言葉に勇気づけられました、ありがとう」。

そのコメントを見た瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じました。誰かの心に、私の言葉が届いた。それも、私の等身大の経験が。この小さな「ありがとう」が、私の中でくすぶっていた「承認欲求は自己満足」という思い込みを、すっかり覆してくれました。

それから私は、コメントには 24時間以内 に返信することを心がけました。たったそれだけのことですが、読者の方と直接やり取りすることで、記事を書くことの喜びが格段に増したんです。質の高い記事をたまに書くよりも、多少拙くても、高頻度で交流することの方が、ずっと大切なんだと身をもって知りました。

余談ですが、先日、職場の同僚の田中さんが「最近、アリスさんのnote読んでますよ」と声をかけてくれて、少し驚きました。まさか身近な人が読んでいるとは。でも、その時も「ありがとう」という言葉が、素直に口から出ました。デジタルな世界での発信が、現実の繋がりにも影響するのだと、改めて実感した瞬間でした。(これもまた、デジタルな繋がりと物理的なリアルの繋がり、という私の内なるテーマと重なる瞬間でした。)

自分の経験や感じたことを率直に書くことが、誰かの課題解決に繋がる。私のこれまでの人生経験、婚活での戸惑いや気づきも、きっと誰かの役に立つことがあるはず。そう思えるようになってから、発信することへの迷いがなくなりました。承認欲求は、誰かと繋がり、誰かの役に立ちたいという、人間としてごく自然な 生存本能 なのだと、今は静かに確信しています。

これからも、等身大の私で

noteでの発信は、私の日々の生活にハリを与えてくれました。自分の内面と向き合う時間が増え、自己肯定感も少しずつ高まっています。以前は、婚活の場でも「どう見られるか」ばかり気にして、本当の自分を出せずにいたのですが、最近は「等身大の私を受け入れてくれる人に出会いたい」と素直に思えるようになりました。

承認欲求は、決して後ろめたい感情ではありません。それは、他者との つながり を求める、私たち人間が持つ大切な感情なのだと、noteを始めて半年が経った今、心からそう思います。月の「スキ」の数も、平均で2桁台から3桁台へと、少しずつですが増えてきました。

これからも、私は私のままに、感じたこと、学んだことを綴っていこうと思います。完璧な答えが見つからなくても、日々試行錯誤しながら、自分なりの道を進んでいく。あなたもきっと大丈夫。あなたの「声」は、きっと誰かに届きます。