私たちはプラットフォームの「メタクソ化(Enshittification)」を受け入れるしかないのか。広告に埋め尽くされた検索結果と、怒りを煽るだけのタイムラインをスクロールし続けるしかないのか。コーリー・ドクトロウは明確に「否」と答えている。彼が提示する唯一にして最大の武器、それが「相互運用性(Interoperability)」である。

相互運用性とは、簡単に言えば「異なるシステム同士が対話できる能力」のことだ。電話番号を思い浮かべてほしい。あなたがNTTドコモからソフトバンクに乗り換えたとしても、電話番号は持ち運ぶことができ、ドコモを使っている友人ともこれまで通り通話ができる。これが相互運用性が機能している世界である。

しかし、現代のSNSやプラットフォームはどうだろうか。X(旧Twitter)のフォロワーをそのままInstagramに持ち込むことはできない。YouTubeの再生履歴を別の動画プラットフォームに移行することもできない。彼らは意図的に「壁」を高くし、互換性をなくすことでユーザーを閉じ込めているのだ。壁が高ければ高いほど、サービスを改悪(メタクソ化)してもユーザーは逃げられないからだ。

「プラットフォームの壁を法的に破壊せよ」。これがドクトロウの主張の核である。

2020年代半ばから、この動きは現実のものとなりつつある。欧州連合(EU)のデジタル市場法(DMA)はその最たる例だ。巨大IT企業(ゲートキーパー)に対して、メッセージアプリの相互接続や、ユーザーデータの容易なエクスポートを義務付けるこの法律は、メタクソ化に対する法的なカウンターパンチである。

もし明日、あなたが「今のSNSは広告ばかりで最悪だ」と感じたとき、ボタン一つでこれまでの投稿履歴と「フォロワーの繋がり」を保ったまま、全く別のクリーンなSNSアプリに引っ越すことができるとしたらどうだろうか?プラットフォームはユーザーを引き止めるために、再び「良いサービス」を提供するしかなくなる。

2026年現在、MastodonやBlueskyといった「フェディバース(分散型SNS)」の隆盛は、まさにこの相互運用性の体現である。特定の企業が中央集権的にアルゴリズムを支配するのではなく、共通のプロトコル(ActivityPubなど)を通じて、異なるサーバーやアプリを使っている人たちが自由に繋がる世界。

企業が儲けるためにアルゴリズムを弄り、タイムラインをゴミの山に変えようとした瞬間、ユーザーは「プロトコルは同じだが、より快適な別のクライアントアプリ」へと即座に避難する。相互運用性が担保された世界では、プラットフォームは「人質」をとれない。だからこそ、メタクソ化は未然に防がれるのである。

Fact Check & Context

  • 相互運用性(Interoperability): ITシステムにおいて、異なる機器やソフトウェアが、標準化されたプロトコルを通じてデータや処理を共有・連携できる性質。
  • デジタル市場法(DMA): EUで施行された、巨大IT企業による市場の独占を防ぎ、相互運用性を義務付ける法律。違反時には巨額の制裁金が科される。
  • フェディバース(Fediverse): 「Federation(連合)」と「Universe(世界)」の造語。ActivityPubなどの共通プロトコルを用いた、企業に依存しない分散型のソーシャルネットワーク群。