私たちが毎日触れているSNS、検索エンジン、ショッピングサイト。これらが年々「使いにくく」「広告ばかりで」「本来の価値を失っている」と感じたことはないだろうか。それはあなたの気のせいではない。プラットフォーム経済における必然的な死に至る病、「メタクソ化(Enshittification)」が進行しているのだ。
一
「メタクソ化(Enshittification)」とは、SF作家でありジャーナリストのコーリー・ドクトロウ(Cory Doctorow)が2022年に提唱し、2023年にアメリカン・ダイアレクト・ソサエティの「今年の言葉」に選ばれた概念である。これは、二面市場(ユーザーと供給者をつなぐ市場)を持つオンラインプラットフォームが、時間の経過とともに段階的かつ必然的に劣化していく現象を指す。
ドクトロウは、この腐敗のプロセスを冷酷なまでに正確な3つの段階で説明している。
第1段階:ユーザーに対する「善意」の時代
プラットフォームの立ち上げ初期、彼らは膨大なベンチャーキャピタルの資金を背景に、赤字を垂れ流しながら最高品質のサービスを提供する。広告はなく、UIは洗練され、検索結果は純粋である。「私たちは世界を繋ぐ」という美しいミッションのもと、ユーザーはプラットフォームに魅了され、自らのデータと時間を喜んで捧げる。ユーザーがロックイン(囲い込み)されるまでの黄金時代だ。
第2段階:ビジネス顧客への「寝返り」
ユーザーが十分に集まり、「ここから離れるのは不便だ」という状態(スイッチングコストの増大)に達すると、プラットフォームは突然態度を変える。彼らは一般ユーザーへのサービスを意図的に劣化させ、その余剰価値を「広告主」や「出品者」「クリエイター」といった法人・ビジネス顧客に分け与える。ユーザーのタイムラインには見たくもない広告やアルゴリズムによる推奨コンテンツが溢れ始めるが、ユーザーはもはや逃げられない。
第3段階:株主のための「徹底的な搾取」
法人顧客たちもまた、そのプラットフォームに依存せざるを得なくなると、最終段階が訪れる。プラットフォームはビジネス顧客からも容赦なく価値を搾り取り始める。広告費の高騰、手数料の引き上げ、アルゴリズムの不透明な変更。すべての価値は、株主の短期的利益を最大化するためだけに吸い上げられる。この段階に至ると、ユーザーもビジネス顧客も共に苦痛を味わうことになる。これが「メタクソ化」の終着点である。
二
企業が自らのサービスを意図的に劣化させるというのは、直感的には非合理に見える。しかし、プラットフォーム資本主義においては、これが「正解」となってしまう構造的な欠陥がある。
一つは「独占」である。競合が存在しない、あるいは相互運用性(他のサービスへのデータ移行の容易さ)が欠如しているため、ユーザーはサービスが劣化しても代替手段に移行できない。もう一つは「金融資本主義の圧力」だ。四半期ごとの成長を求められる上場企業にとって、「現状維持」は許されない。常に前年同期比での利益成長を捻出するためには、エコシステムを破壊してでも価値を抽出し続けるしかないのだ。
第2回では、この「メタクソ化」が実際にどのように大手テック企業(Amazon、Google、Metaなど)で進行したのか、具体的なケーススタディを通じてその手口を解剖していく。
Fact Check & Context
- Enshittification(メタクソ化): 2022年にコーリー・ドクトロウが提唱。2023年、American Dialect Societyによる「Word of the Year」に選出。(出典: Wikipedia / American Dialect Society)
- プラットフォームエコノミーの二面性: 一般消費者(ユーザー)とサービス提供者(広告主、販売者)の両方を惹きつけることで成立するビジネスモデル。
- ロックイン効果(Lock-in effect): 顧客が特定の製品やサービスを利用し続けた結果、他への切り替えコスト(手間、時間、失われるデータなど)が高くなり、離脱できなくなる状態。