AI既視感の闇から抜ける「言葉の賞味期限
深夜、部屋に響くのは、ヘッドホンから流れるAIが生成したばかりの音楽だけだった。Udioがプロンプト一つで紡ぎ出す旋律は、あまりにも完璧で、あまりにもスムーズに耳に馴染む。しかし、その心地よさに浸るほど、私はある種の違和感に囚われていた。

この完璧さは、どこかで聴いたことがある。

それは既視感というよりも、もっと深い、魂の奥底に触れるような退屈だった。

完璧な旋律の罠

ディスプレイの冷たい光が、私の顔を青白く照らしていた。Udioは、私が与えたいくつかの言葉と感情の断片から、瞬時にして壮大なバラードを吐き出した。ボーカルの震え、ストリングスの重厚さ、ドラムの刻むリズム。どれもが非の打ち所がなく、まるで何十年も音楽業界の第一線で活躍してきたプロが、何ヶ月もかけて練り上げたかのような完成度である。

誰もが「名曲」と呼ぶであろうその音の洪水は、しかし、私の心を震わせなかった。耳に優しく、脳に直接語りかけるようなメロディは、どこかで聴いたことがある。過去のヒット曲の要素を完璧に抽出し、再構築したような、ある種の「模範解答」 のようであった。その全能感は、私に贅沢な絶望と虚無感をもたらした。息苦しいほどの完璧さに、私は静かにヘッドホンを外した。

ラジオから流れた言葉の告別式

ふと、作業の息抜きにラジオのスイッチを入れた。耳に飛び込んできたのは、最近のワカモノリサーチが実施したという、現役高校生が選ぶ「もう古い」と感じる言葉のランキングだった。そのニュースは、AIが生み出す「完璧な退屈」とは全く異なる種類の、冷徹な現実を突きつけた。

1位は「ぴえん」、2位は「まじ卍」、そして3位に「チョベリグ」。

かつて社会を熱狂させ、感情の最先端を表現したはずの言葉たちが、今や粗大ゴミのように扱われている。高校生たちのコメントは、その冷酷さをさらに浮き彫りにした。「ママが使ってて古!と思った」「コロナくらいにはやったやつだから」──。彼らにとっては、流行のサイクルが一周し、もはや過去の遺物でしかないのだ。この言葉の「賞味期限」の短さは、AIが生成する音楽が瞬く間に消費され、飽きられる速度と、奇妙なほどに重なるように感じられた。

「エモい」という名の安直な免罪符

ランキングで特に私の目を引いたのは、「エモい」が7位(3.0%)にランクインしていた ことである。つい最近まで、表現の豊かさを象徴する言葉として、あらゆる場面で濫用されてきたこの言葉が、もう「古い」と烙印を押されている。親世代が使う言葉を、子供が冷笑する。この世代間の断絶は、言葉の持つ生命が、いかに儚く、そして残酷に消費されていくかを物語っている。

AIに「エモい曲を作って」と指示することの空虚さが、今になって強く胸を締め付けた。私自身も、安直に「エモい」という言葉を使って、自分の創作に箔をつけようとしたことが何度あっただろう。そのたびに、人間の言葉が持つ本来の力や、創作における血の通った葛藤から目を背けていたのではないか。高校生たちの冷徹な選別は、私自身の創作活動を、背後から深く刺すような衝撃を与えた。

腐敗という名の芸術

AIがどれだけ完璧なメロディや歌詞を生成しようとも、決して真似できないものがある。それは、言葉や音が古びて死んでいく時の、人間の痛々しいほどの未練や葛藤 である。流行は移り変わり、言葉は風化する。しかし、その死にゆく言葉には、時代を生き抜いた人々の記憶や感情が染み付いている。

平成リバイバルブーム(Y2K)のように、一度は死んだはずの言葉や文化が、亡霊のように蘇ることがある。それは、単なるノスタルジーではない。消費されたはずの記号に、新たな意味を見出し、血を通わせようとする人間のエゴと、抗いがたい情熱の表れである。AIが吐き出す冷たいトラックの上に、あえて「ぴえん」や「チョベリグ」のような死語をノイズとして滑り込ませる狂気。それは、消費されることを恐れるのではなく、今この瞬間の静寂を刻むという、アーティストとしてのエモーショナルな決意である。

完璧なものに囲まれ、退屈を覚える時代だからこそ、私はあえて、賞味期限の切れた言葉や感情に、新しい音を宿らせてみたい。その腐敗の中にこそ、AIには決して生み出せない、人間らしい歪んだ美しさが宿るのだと信じている。

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