鏡に映った自分を見ると、そこにいるのはいつもの「妻」であり「母」としての私。誰かのために、日々を滞りなく回すことに精一杯で、自分自身のことはすっかり後回しになっていると感じます。このままでいいのかな、と漠然とした問いが胸に広がる週末でした。
誰にも言えない秘密の予約
そんな時、スマホをぼんやり見ていたら、隣町のアンティーク着物店の広告が目に留まったのです。「古都の風」という、なんとも風情のある名前。最初は「私なんかが…」と、自分にお金や時間を使うことへの罪悪感が頭をもたげました。着物なんて、特別なイベントの時に着る高価なものだと思い込んでいましたから。
でも、「3,500円から」という文字が、私の心をかすかに揺さぶったのです。まるでカフェに行くような感覚で、気軽に試せるなんて。ウェブサイトをこっそり見てみると、プロの着付け師が15分で着付けてくれると書いてあります。JR紅葉ヶ丘駅から徒歩7分というアクセスも、私にとっては「ちょっとした冒険」にはちょうどいい距離でした。誰にも言わずに、週末の予約ボタンをそっと押しました。
鏡の中の私は、あの頃の私?
週末、家族には「ちょっと買い物に行ってくるね」とだけ伝え、私は電車に乗りました。隣町に着き、少し迷いながら細い路地を入っていくと、ひっそりと「古都の風」の看板が見えました。店内は、アンティークの優しい香りが漂い、色とりどりの着物が並んでいます。約100種類もある中から、直感で目に留まった真紅の着物を選びました。
プロの着付け師さんは、あっという間に私を着せてくれました。帯が締められていくたびに、背筋がすっと伸びるような感覚。そして、鏡に映った自分の姿を見て、思わず息をのみました。そこにいたのは、いつもの私ではない、まるで別人のような「中村あかね」でした。オプションでお願いしたヘアセットも相まって、失っていたはずの華やかさが、確かにそこにあったのです。誰の評価も気にせず、ただ純粋に自分自身と向き合う時間。胸の奥から、じんわりと温かいものが込み上げてきました。
また明日から、私は私を生きる
約60分の夢のような時間はあっという間に過ぎ、着物を脱いでいつもの服に着替えると、少しだけ寂しい気持ちになりました。でも、帰り道の電車の中で窓の外を眺めていると、心の中は満たされているのを感じました。この体験は、ただの「非日常」で終わるものではない。
「自分を甘やかすことは罪ではないのだ」と、私は初めて心からそう思えました。帰り道、スーパーで夕食の買い物をする足取りも、いつもより軽やかです。完璧な答えが出たわけではありませんが、これからも、誰のためでもない「私」の時間をもっと大切にしていこう。そう、ささやかな決意を胸に、家路につきました。